「これは何なんですか‥」 いつもの事だと分っていてもこの姿はどうにも納得いかず尋ねると、 「何って‥巫女さんだろ‥やっぱ‥」 そう聖から当たり前の答えを返された。 「いえ‥そうじゃなくて‥なんでこんな格好するんですか?」 もう一度本来聞きたかった事を問い質す。 「ああ‥シドが大物を釣上げたんだ‥都落ちしたご落胤だそうだ‥」 「ご落胤‥都落ち‥?」 とさっぱり分らない単語をそのまま反芻する。 「壬申の乱は知ってるか?」 と聞かれ、 「知ってるも何も‥天皇位を巡る内乱だったような‥たしか兄弟で‥」 「ああ‥大友皇子と大海人皇子との争いだけど‥天智天皇が息子に継がせたくて、都落ちした異母兄弟の大海人皇子が東国の豪族の後押しで反旗を翻して‥だから兄弟じゃなくて甥と叔父の戦いだな」 「へぇ〜 でっ、ご落胤っていうのは?」 「ああ‥乱に敗れた大友皇子と身分違いの女との間に出来た子らしい‥大海人皇子一派の追手を逃れて九州方面に逃げ延びたらしいんだが、当時の天武天皇の力を恐れて母親共々地方豪族の手によって惨殺されたようだ」 「へぇ〜」 とそんな大昔の話をされてもさっぱりだ。 「母親の方は浄化されたようなんだが、当時12歳になる息子の方は怨霊としてその地に根付いたらしい」 「ええ‥ そうなんだ‥なんで今頃分ったの?」 「なんでも亡くなって数年後に、豪族への怨みからその界隈に災いの限りを尽くしたようで、徳のある坊さんが霊圧で封印したらしいんだ‥それで現在まで大人しくしていたらしい」 「その封印が解けたって事?」 「ああ‥シドの話だと、その祟られた豪族の末裔が代々封印された仏像を祭っていたらしいんだが、あろう事か欲にかられてその仏像を売買しようとしたらしい」 「ええ!‥」 「ああ‥それで怨霊が目覚めて暴走して、カナイ様の話じゃ浄化させるのも大変だったらしいぞ」 「へぇー‥でっ、なんでこんな格好なの‥」 と長々と説明を聞きながら、それとこの恰好との関連性が結局理解できずにまた同じ事を聞く。
「はぁ〜 こんだけ説明させといてまだ分んないのかよぉ〜」 と聖は脱力するように呆れた顔を僕に向ける。 「飛鳥王朝のやんごとなき御方なんだ、怨霊と化してしまわれたが既にその身は浄化され天上へと召される事になっていらっしゃる‥その御霊をお迎えするための装束だよ」 「えっ‥ちょっと待って‥悪霊や怨霊って地獄行きじゃないの?」 「ああ‥普通はな‥だが現世に留まっていらっしゃった間、神として人々から崇められ既にその身は天上人と並ぶ身分でいらっしゃったんだ。なのに邪な人間の欲に毒されて御身を再び汚されてしまわれた。だが特使であるカナイ様によって既に浄化されていらっしゃる」 「ああ‥」 と相槌を打ったもののよく分ったようで分らない。 だが聖が百人一種に出てきそうな装束になる理由は分った‥けどなんで僕は‥。 「だけど‥」 「まだあんのかよぉ〜 あっ! そろそろ御着きになられたぞ‥」 と聖が慌てて居住まいを正した。 僕は、なんで男なのに巫女さんの姿なんだと聞きたかったのに機会を逸してしまった。
聖に習って隣で膝を折って頭を低くしての平伏で待ち構えた。 すると吸い込まれるような暗闇の静寂な中、空気さえキラキラ輝くように煌々とした。 先の見えない黄泉の闇の中に小さな光の玉が現れ、瞬く間に四方八方に光の閃光を放つとあっと言う間に拡大し眩く輝く。 それは辺り一面を薄桃色に染め、虹色のオーラが一枚のカーテンのように天空に煌いた。 この街道で初めて目にする光景だ。 地獄ではなく天上界への道程を何人も見届けているが、徳のある御霊は皆小さな仄かな灯火だけの輝きを放ち綺麗な花畑の続く細い道を突き進む。 だが既に天上人というだけあってオーラが凡人の非ではない。 まるで光の大海原を歩もなく流れるようにこちらに向けてゆっくり近付いてきた。 光の中から徐々に姿が顕になると、左にいるのが長身のカナイ様で右にいるのがシドだと分った。 そして真ん中におられる方こそが尊き御霊の大友皇子の皇子様‥。 実感がないものの、近寄り難い雰囲気だけは緊張する空気で読み取れた。 そんな中恐れ多いと頭を上げる事も出来ず、チラリと盗み見ただけでご尊顔を拝する事は叶わなかった。 「聖‥ご苦労である」 と聞き覚えのあるシドのいつになく畏まった言葉が頭上から降る。 平伏したままの姿勢で目に止まる見慣れぬ木靴が、シドも聖同様当時の装束を身に纏っているのだと分った。 「カナイ‥この者がそちの申しておった黄泉の番人であるか」 と年若い少年の美声が凛と辺りの空気を震わせる。 「さように‥ございます」 カナイ様の相変らずのスローテンポの喋りは、相手が誰であろうと変わらないようだ。 「そうであるか‥ならばこの者を私の側人として仕えるよう申しつける」 「‥‥」
(なんか‥今、聖を仕えさせるって‥‥なにそれ‥) 聖を傍にとの申し出に、僕は驚きの余り恐れ多くも面を上げてしまい皇子様をその目に拝した。 そして思わず息を飲んだ。 美声の主は、まだ幼い顔をした切れ長な目元も涼しく、利発そうな広い額に髪は両サイドに分けてそれぞれ耳の横で束ねてある。 気品に満ちた気高さに圧倒されそうになり、慌てて視線を反らした。
(聖を傍にって‥嘘だろ‥もしそうなったら‥えっ‥) 僕は一人混乱していると、 「お召しの儀、身に余る光栄に存知ますが、申し訳ございませんがその儀には従い兼ねますとお伝え願います」 と直答は許されていないのかカナイ様を通じて、きっぱり断りを口にする。 僕は傍で米神を伝って流れる冷や汗に顔を引き攣らせて固唾を呑んでその後を見守った。 「カナイ‥あの者は私の申し出を断わると申しておるのか?」 少し険のある声音で気分を害したのが分る。 「天子様‥カナイに変わりましてご返答させて頂きたく、直答するのをお許し願えませんでしょうか」 とシドが割って入った。 「シドと申したな‥許す、申してみよ」 「早速のお許し‥有り難く存じます」 と深く平伏する。 「それでは‥誠に僭越ながら黄泉の番人の任は天意にて、解任も転属もなりません。ですので聖の意思に関係無く天子様の申し出はお受けできないのでございます」 どうやらシドは天上界の決まり事を説明しているようだ。 「そうなのか‥私の頼みであってもか?」 「はい‥いかに勅命であっても」 とシドは語尾を濁さずキッパリと言い切った。
「私は天上に上り、天つ神になると聞き及んでおる。それでもこの申し出は通らぬのか?」 と執拗に食い下がる天子様に今度はカナイ様が、 「天子様‥天上には‥すでに‥秘書官なる‥側使えが‥ご用意してございます。それに‥上級試験に‥まずは通らねば‥その任には‥いくら天子様が‥お頼みされても‥叶う物では‥ございません」 この長い台詞を悠長に話すものだから、話終った時には思わずホッとした。 「そうであるか‥ならばその者に、その試験とやらを受けさせるしかあるまいな」 とこれまた新たな無理難題を口にされ、これには本人ではなくシドが苦笑しながら、 「天子様、この者は武術の才はございますが、学術においては致命的な程皆無でございます。これ以上の御戯れはご容赦願います」 と助け舟を出す所か、これではまるで頭の悪いただの腕力男だと言っているようなものだ。 チラリと隣の聖の様子を窺えば、くっきり浮ぶ額の青筋に思わず息を呑んだ。 この二人‥喧嘩は口だけでは終らないのが常で、どっちも武芸で相手を捻じ伏せ様とするため、決着がつくまで死闘を繰り広げるというどうしようもない人達なのだ。 一度止めに入った僕に二人が口を揃えて『水をさすな!』と怒鳴られ、様子を見守っていたカナイ様から『痴話喧嘩だから‥』と口出しせぬよう言われた。
このカナイ様の『痴話喧嘩』という言葉がどうもひっかかるんだけど、日頃から仲が良いとは言い難いし‥。 けど‥互いの力は認め合っているようで、いったいどういう関係なのだと気にはなる。 なんといってもシドさんは目の覚めるような美青年だから‥。 今だって口は悪いが、一応聖の事助けようとしてるし‥それはそれなりに面白くない点ではあるんだ。 一方、どうにも希望が叶えられず、 「そうであるか‥」 と力なく項垂れる天子様に、 「天子様‥何ゆえこの聖をお側に?」 固執するのを不思議に思ったカナイ様が尋ねた。 「‥それは‥この者が都落ちして彼の地で果てるまで我を守ってくれた康成によう似ておるからじゃ」 言い終わると同時に、足元にキラキラと眩い小さな水滴が零れ落ち、それは地につく前に貴石と変化した。
(うわぁー これって涙? 天子様の涙は宝玉になるのか‥) 僕はその信じられない美しい光景に目を奪わた。 それは皆も同じで、あまりに尊い情景にお慰めする言葉も見つからず、ただただ見守っていた。
そんな中、それは突然起こった。 空に浮ぶ虹色のベールを捲るように幾重にもループし、針の先のような細い光が注したかと思うとそれは徐々に広がっていった。 何事かと茫然とその先を眺めていると、その先にはなんとキラキラ煌く光の渦とさらに上空には、僅かに見えるコバルトブルーのぬけるような青空。 それはまるで海の底から太陽が燦燦と輝く海上に浮上する前の神秘的な光景に似ていて、続く閃光の眩しさに思わず目を瞑ってしまった。
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