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Majikaよ

第一章 その二

 店についたのは開店一時間前だった。
 店の娘?達も事態は理解しているのかママの姿を見るなり蜂の巣を突付いたように寄って来た。
 ママが状況を説明すると、
「えーっ 翔ちゃんを!」
 やはり皆、驚愕して絶叫である。
「薫ちゃん怒るわよ!」
「今日だけよ、大体当の本人がいないんだから!」
 ママはバンバンと手を叩くと、
「ほら、店の準備して! それと誰か翔ちゃんの支度手伝って」と野太い声で指示を出す。
「はぁ〜い」
 名乗りをあげたのは静さんだった。

 静さん相変わらず‥男前の声だね

 俺は手伝いが顔見知りで内心ホっとする。
「翔ちゃんなら薫よりきっと綺麗になるわよ」
 少し髭剃り後が化粧していても目立つ四角い顔の静さんが微笑む。
 俺の不揃いの眉毛をカットしながら、
「翔ちゃんも薫と一緒ね‥あるかないか分からないくらいお髭が薄くて羨ましいわ」
 そう言われてあんまり嬉しくないと思わず苦笑した。

 そういえば確かに兄貴も髭そってるとこ見たことないな。

 鏡の前の俺はゴテゴテと次から次へとさしずめキャンパス状態だ。
 最後に口を薄く開けさせられてルージュをさす。
 鏡に静さんと映っている筈の俺の姿はそこにはない。
 どちら様?‥と思わずお尋ねしたくなるような綺麗なオネエ様。
 
 マジっすか‥。
 いやー、いいじゃん。結構いけてるじゃん!!

「ねっ、綺麗でしょ」と鏡に一緒に映ってる静さんも満足そうに聞いてきた。
「う、うん」と照れくさそうに応えた。
「どう、支度できた?」
 と様子を見にきた真理子ママは口をあんぐり開けたまま唖然としている。
「まぁ〜いいじゃない。翔ちゃんすっごーくきれ〜い。うわぁぁ 妬けちゃうわ!」
 ママは両手を頬に当てて驚嘆の声をあげる。

 そ、そうかな‥
 
 って、おいおい! その気になってんじゃねぇって!
 あっぶねェー 商売上手のママ達にすっかり乗せられるとこだったぜ!

 一人鏡の前で百面相状態の俺をそっちのけでママと静さんは次の算段を相談していた。
「ねぇ、ママ 翔ちゃんのヘアースタイルどうする?」
「そうねぇー 合う色のヘアピースもないし‥ムースで後ろに流して、うーん大き目のイヤリングでボーイッシュな感じはどうかしら」
「ドレスは深紅のサテンのシンプルなのがいいわね」
「さっすが!!ママ」
 会話が全くわからない俺はなすがままである。
 下着をトランクスから線が見えないようにと食い込むようなTバック‥。

 うわっ 前食い込むしっ 後ろスカスカなんっすけど‥。

 っつかケツ見えてんじゃん!

「思わず‥しゃぶりたくなるような桃尻ね」とママが茶化す。
「ママったら!」と静さんはママの軽口に同調するように何故か赤面してる。

 ママ‥ 声‥ 男になってる!
 
 静さん! あんたが赤くなってどうする!

 俺は身の危険を感じながら直ぐにドレスを身にまとった。
 滑らかな光沢のある深紅のドレスが身体のシルエットを顕わにする。
 出るところも引っ込むところもない体型はどう見ても色気があるように思えない。
 流石にこの辺りは素人なんだと現実の厳しさってものを知った。
 外見ではママや静さんよりも確かに勝っていると思い上がっていたが、経験のなさと女性らしさを意識する気持ちの違いは大きい。
 すっかり現実を知り落ち込んでいる俺に静さんは、
「翔ちゃん、茜ちゃんは男の身体捨てちゃったけど、薫はそのままでNo.1なのは何故だから分かる?」
「え‥」
「人を引き付ける美貌に色気、それに何より接客術よ」
「今の翔ちゃんには色気も技術も無理だけど、人を引き付ける美貌はピカイチよ。自信を持って!」
「ありがとう、静さん」
 俺の不安を察知し、的確なアドバイスをくれるあんたも凄いよ。
 いつのまにか姿を消していたママが宝石箱を片手に現れた。
「まあ〜 惚れ惚れするわね‥女でもいないんじゃない、こんな美人!」
 ママは俺を見て絶賛してくれる。
「誉め過ぎたよ‥」と苦笑いした。
 
 まっ、おだてられて悪い気はしないよな‥マジ。

 俺はママの手練手管にすっかりその気になった。
 ママは宝石箱からエスニックな大き目のイヤリングを選ぶと俺の耳に飾った。

 耳痛ってぇぇ‥。それにドレスまとわりついて歩けねぇじゃん!

「ママ、会長お見えになられました」とマネジャーが呼びにきた。
 ドア傍にいた顔見知りのマネージャーと何気に目があった。
「‥‥」
 何のリアクションもないというか‥もしかしてフレーズしてる?
「どぉ? いい女でしょ? 薫には絶対いうんじゃないわよ!」
 とママは兄貴のところのフレーズだけ濁声で脅し口調になっていた。
「は、はい。勿論です」
 我に返ったマネージャーは声を上擦らせて返答した。。
「そ・れ・と、間違っても手出すんじゃないわよ! 薫に殺されたく無かったら」
 それにはゴクンっと生唾を呑み大きく頷いた。
「そうそう! 源氏名どうしよう?」とママは上品な口調に一変した。
「なんでもいいよ! どうぜ今日一日だし」
「うーん、『紫』でゆかりでどう?」
「いいんじゃないママ 紫の上かぁー」
 
 もしかして‥源氏物語から命名かよ! まんまじゃん!

 まぁー いいかっ、今日だけなんだし‥。

 すっかり支度を整え、マネージャーとママの後について控え室から店内へ入った。
 間接照明が優しく店内を照らし昼間とはまるで違う豪華な別世界へといざなう。
 各ブース毎に間仕切りがあり、それぞれのプライバシーが守られている。
 所々にお客らしい人影が見える。通り過ぎる度に視線を感じるのは俺が自意識過剰なのだろうか。
 
 一番奥の席がVIP席だと以前兄貴から聞いた事がある。
 どうやらそこに向かっているらしかった。
 広く大きな円形の革張りのソファーには年配の男性とひどく長身で精悍な顔立ちの男性が座っていた。
 周りにはママが言うように既にヘルプの子が数人付いていた。
 店でも選りすぐりの美形を用意したようだ‥。

 いいのかよ! こんなに揃えて! 他の客からブーイングくんじゃねぇ?

「会長! 今日はやけにお早いのね」
「いやぁ〜、藤堂君に早く自慢の薫を紹介したくてね」
「ええ〜 薫だけ‥私は?」
 ママは信じられない甘え声で会長に詰め寄った。

 うっ! 我慢我慢‥。今、噴出したらしゃれになんねぇって!

「なにを言うか! お前はわしのもんじゃろっ 紹介なんぞできるか!」
「いやぁん! う・れ・し・いぃわん」

 俺‥憤死していいっスか! なんか秒殺されたい気分なんスけど

「でも‥ごめんなさぃ‥あいにく薫ちゃん今日は体調崩してお休みなの! あんなに約束してたのに‥」
「そうか‥それは残念じゃな」
 心底がっかりした様子の会長にすかさず、
「でも会長! 安心して薫に引けを取らないくらいの子を紹介しますから、さぁー」
 ママは後ろで控えていた俺をスポットに晒す。
「おおーっ」
 恐らくヘルプの子も入れての一同驚愕の一声。
「紫と書いて『ゆかり』と言います。宜しくお願いしますね」
 俺は静さんに言われた通り、ゆっくりと一礼する。
「これはまた息を呑む美しさじゃのう〜。はて? こんな子おったかのう」
「会長には目の毒ですからね。隠してたんですよ」
 ママはヘルプの子に席を譲られ、会長の隣へ移動する。
「なにを言うか! お前一筋だというのに!」
 そういうとママの手をすかさず握る。

 うわっーめちゃ大人な世界だぁー。

 俺は茫然と突っ立っていると、
「紫ちゃん、君も藤堂君の側に座りなさい」
 それを合図にヘルプの子が席を空けてくれた。
「失礼します」
 と男の傍までくると一礼した。
「‥‥」
 だが男は無言のままでこっちを見ようともしない。
 その態度にムッとしたが俺は感情を顕わにせず、無表情なままの男の隣に座った。
 薄暗くて男の表情がよく分からない。

 やけに無愛想な男だ。
 
 本当はこんなとこ来たくなかったんじゃないのか‥。
 
 どう見ても女に不自由してないだろっ! あんた!
 
 まぁ、どうでもいいか! 一、二時間辛抱すればいいんだから‥。

 と我関せずにいられたのもここまでだった。


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