あれから二ヶ月、 事件は何の進展もなく、犯人の手がかりさえ一向に掴めずにいるらしかった。 秋の気配が色濃くなり、肌をさらう夜風に忍び寄る晩秋のもの悲しさを感じる頃。 いつも通りバイト先に出向くと、やけに更衣室がざわめいていた。 智也を殺した犯人が逮捕されたと昼のニュースで報道されたというのだ。 俺は昨夜のコンパで遅くなり、遅刻ギリギリの出勤だったので寝耳に水な話だった。 そのニュースは夜には全国ネットで報道された。 ニュース画像で目にした犯人の映像は、神経質そうな痩せ型で銀縁の眼鏡の下の目はどこか虚ろに見えた。 両脇を抱え込まれ車に乗り込んだ時に大きくクローズアップされた犯人の顔は、眩しいフラッシュの中、まるで能面のように無表情で不気味だった。 背も低く、大よそ智也が好きになった相手とは思えない冴えない男だった。 その話題は暫らくテレビでも何度か取り上げられ、犯人の生い立ちなど詳細に報道された。 四十前の独身で、これといった友人もなく目立つ所もない人畜無害の勤勉な普通のサラリーマンだという。 その後の取り調べで、やはり行きずりの犯行で智也とは初対面だったと報道された。 変態プレイの果てに過って殺してしまったと過失致死を主張し、殺意を否認しているという。 智也の両親は息子の性癖を世間に晒されて、追われるようにいつの間にか引っ越していた。 大学前には暫らく胡散臭い週刊誌の記者がうろついていたが大学側の緘口令で程なく姿を消した。 勿論俺も随分追い掛け回された。 広瀬や早坂も警察からの被害はなかったものの、パパラッチなみの記者達には散々な目に合ったらしい。 智也の性癖が話題となり、俺達の間でその話題を避けるようになった。 今では智也自身まるで居なかったかのように話に上らなくなった。 それが異様な光景だと気付かないくらい俺達は現実逃避していた。 そんな中、彼女だった徳永は自宅にまで押しかけられ本当に大変だったようだ。 そしてこの機に乗じて海外留学するらしいと人伝に聞いた。 男の俺でもストーカー紛いの追っかけに正直参ったのだから、彼女など甚大な被害を被ったに違いない。 人の噂も七十五日‥暫らく海外にいて、この異様な過熱ぶりの報道合戦に巻き込まれないようにした方が懸命だ。 それよりも俺の仮説では犯人イコール智也の好きな相手だったのだが‥ どうやら見当違いだったようだ。 (じゃー 智也の想い人って‥誰?) 突然の疑念は、知らぬ間に魚の小骨のように心の深くに突き刺さったままになった。
それから暫くして大学の構内で偶然、戸塚と出くわした。 声をかけようかどうしようかと迷っていたら、 「神谷、時間ある?」と、奴の方から声をかけてきた。 俺達はカフェテリアの奥の席に座った。 「犯人‥捕まったね」 と、話を切り出した戸塚に、 「ああ‥」 と素っ気無い返事をした。 徳永から奴の事を聞かされ、偏見はない心算でいたがどうしても身構えてしまう。 「徳永さんから聞いて‥僕の事、知ってるよね」 「え‥あ、ああ」 心のわだかまりを見透かされたようで、俺はドキッとした。 「神谷も警察で色々聞かれたんだよね‥」 戸塚は俯き加減で、か細い声でそう尋ねてきた。 「もって‥お前もか?」 逆に尋ねると戸塚は小さく頷いた。 「そうか‥だけど疑われた訳じゃないよな」 俺の問い掛けに戸塚はまた小さく頷いた。 「俺は最初から犯人扱いでさ。その後も何度か刑事が尋ねてきて‥お前はどうだったんだ」 「‥‥」 「広瀬達と同じで事情を聞かれただけか?」 と、聞くとまたしても無言で頷くだけだった。 一時が万事がこの調子で、奴の煮え切らない態度に俺は少々苛つき始めた。 「戸塚、お前何が言いたいんだ!」 と、ついには語尾を荒げてしまった。 戸塚は身体をビクつかせたかと思うと、急に肩を震わせ両目に涙を溢れさせた。 「お、おい‥戸塚、怒鳴ったりして悪かった」 俺は慌てて謝り、後はどうしていいか分らずオロオロするばかりだった。 「ご、ごめん‥泣いたりして」と、鼻を啜りながら戸塚は顔を上げた。 「大丈夫か?」 「うん‥警察での事情聴取を思い出したら急に涙が‥」 戸塚は絞り出すようにそう口にした。 「戸塚、お前‥警察で酷い目に遭ったのか?」 「仕方ないんだ。僕らはどうしたって異質だから‥」 「‥‥」 そう卑下する奴にそんな事はないと言い返せない。 奴と対面したとき戸惑ったのも事実だから、どんな言葉も偽善的でしかないように思えた。 「戸塚‥」 「僕の事はいいんだ‥だけど事あるごとに死んだ泉田君の事まで悪く言われるのは我慢できなかった」 俺は智也が謂れのない迫害を受けたと聞いて思わずカッとなった。 「なんだそれ! まさか山根っていう刑事じゃないよな」 「名前は知らないけど、新宿署の若い刑事だった」 どうやら違うと分かり、何故かホッとした。 それから奴の話を聞いてやる心算だったのだが、 「神谷、有難う‥愚痴聞いてくれて」 戸塚はその話を終わらせた。 「そうか? 俺何も役にたってないぞ」 「ううん‥ずーとモヤモヤしてたから、すっきりした」 「そっか、ならいいけど。俺、いつでも話聞くから‥」 俺は社交辞令ではなく本気でそう思って口にした。 戸塚を無視する事は智也を打ち捨てるような気がしたからだ。 だが戸塚は、「うん‥ありがとう」と、寄辺無げに微笑んだ。 その微笑が何故か智也とリンクした。 (あいつ‥いつから笑わなくなった) 智也の無邪気な笑顔を最近目にしていない事に今更ながら気がついた。 それに気付いた時、徳永がいった言葉を思い出した。 『時々寂しそうな顔をする時があって‥』 「誰だ‥智也にそんな顔させる奴は!」 誰に言うでもなく、沸々と湧き上がる激情に駆られ思わず吼えた。 「‥‥」 傍にいた戸塚は驚きに目を?いている。 俺は慌てて謝ろうとしてある事に気がついた。 (もしかしたら‥戸塚なら何か知っているかもしれない) そう思うと居ても立っても居られず、 「悪い、びっくりさせて」 「ううん、いいよ。それより大丈夫? 」 「ああ、それより聞きたい事あんだけど‥」 「え‥なに?」 「智也の奴、好きな男がいたみたいなんだ。俺、もしかして犯人かと思ってた‥」 「え‥それはないと思う」 俺の言葉を遮るように戸塚は瞬時に否定すると露骨に嫌な顔をした。 「ああ、俺の勘違いだった。それで‥お前、誰だか知らないか?」 戸塚は一瞬驚いた顔をしたが、「悪いけど‥ごめん」と、謝ってきた。 「そうか‥」 俺はがっくりと肩を落した。 「けど‥多分大学の中にいると思う」 戸塚は予想だにしなかった答えを導き出した。 「え‥なんで」 「夏休みに入る前に、彼が『夏は嫌いだ。早く終わらないかな』って言ったんだ」 「え‥‥それだけ?」 戸塚の推理はそれなりの根拠があると思っていただけに何か肩透かしをくらったような気持ちになった。 戸塚は俺のその受け答えを不満に思い、 「僕が同じニュアンスでいったとしたら、『夏休みは彼に会えないから嫌いだ。早く新学期が始まらないかな』ってそう直感したんだ」と更に付け加えた。 「それで同じ大学の人間だと?」 戸塚は大きく頷いたが、 「でも、あくまで想像の域だから‥違うかも知れない」 と、急にそれまでの強気な発言を降下させた。 「ん、でも戸塚の言う通りかもしれない」 俺は奴の意見に賛同した。勿論リップサービスからではない。 戸塚がメンタル面で智也と似たところがあるとすればその説は有得ると思えたからだ。 「ん‥あんまり参考にならなくて‥‥ごめん」 俺に気を使わせたと思った奴はそう言って苦笑した。 「いや、充分参考になったよ。呼び止めて悪かったな」 「ううん‥じゃー」 そう言うと奴は構内を後にした。
秋の季節はあの騒動であっという間に過ぎ、暮れから正月明けまで俺はバイト三昧の日々を過ごした。 智也の事件からまだ数ヶ月しか経ってないというのに、事件が解決してしまえばまるで何事もなかったかのようだ。 世の中なんてそんなものだろう。現に今はアイドルグループのスクープが報道を賑わしている。 俺にしても日々忙しくて、季節の移り変わりさえ知らぬまに目の前を通り過ぎて行く有り様だ。 この前まで突然の大雪に難儀したかと思えば来月にはもう桜の季節なんて信じられない。 そんなある日、バイト先に突然山根刑事が尋ねてきた。 「仕事中悪いね‥すぐ済むから」と、声をかけられ、 「はい‥あの、もうすぐ休憩なんで、ちょっと待っててもらえますか?」 俺は丁度切が良かったのでそう言うと山根刑事は「了解」と手を上げた。 休憩時間に入り、裏口から出ると寒い中コートの襟を立てて山根刑事が待っていた。 近くの公園で話そうという事になり、公園入り口の自販機で缶コーヒーを買うとベンチを探した。 どんより曇った冬空は今にも雪が舞い降りてきそうで、座ったベンチは底冷えがした。 ダウンを着ていても顔が痛いくらい凍て付いた。 俺は公園ではなくどこか気の利いた店にすればよかったとすぐに後悔した。 だがこの重苦しい空気は天気のせいだけではないようだ。 「今日は‥なんですか」 中々話を切り出さない山根刑事に代わって俺から声をかけた。 「ん‥実はこれを預かってきたんだ」 そう言うとポケットから紙袋を取り出した。 何だろうと注視していると、その紙袋の中からチェーンのついたロケットが出てきた。 「これなんだけど‥見覚えないかな」と、山根刑事は目の前にぶら提げて見せた。 銀のロケットはどこにでもある楕円の形で派手な装飾もなく実にシンプルなものだった。 「さぁ〜、見たことないです」 「そうか‥徳永さんも知らないといってたな」 山根刑事は意味深にそう呟く。 「なんなんですか、それ」と、俺は思わず問い質した。 「ああ‥智也くんの遺品なんだ」 「智也の?‥」 「ん‥この前、遺留品をご両親にお渡ししたんだが、彼のお父さんから君に渡してくれと頼まれたんだ」 「これを‥ですか? でもこれって中に写真が入ってるんですよね」 「そうなんだ‥私はてっきり徳永さんかと思ったんだが‥」 妙に口籠もる山根刑事に、 「誰なんです?」と、臆面もなく聞いてみた。 すると山根刑事は、「まぁ、みてくれ」と、いきなりロケットを俺の手の上に置いた。 その小さなロケットを恐る恐る開くと、 「え‥」 驚いた事にそこには何も入っていなかった。 「そうなんだ‥だが初めからなかった訳じゃなくて故意に外されたと分かった」 「外されたって‥」 「やったのは犯人の亀岡だ。身元が分るものは全て持ち帰ったらしい」 「‥‥え、でも携帯電話が─」 ここまで用意周到なくせに一番の手がかりを放置するのは奇怪しな話だ。 「ああ、それなんだが、随分離れた所で見つかったからね。現場に行く途中で泉田さんが落としたんじゃないかと思う。亀岡も必死に探したが見つからなかったと供述してる」 「じゃー、このロケットの写真も家に持って帰ってから証拠隠滅で外したって事ですか?」 「んー、それもあるだろうが、知らない男とのツーショットで亀岡は急に腹が立って破って捨てたそうだ」 「え‥男と‥‥徳永、さんじゃなかったんだ」 俺の知らない男とのツーショット‥いったいいつ撮ったんだろう‥それより一体、誰なんだ。 その事が頭の中でグルグル回った。 「そうなんだ‥私もてっきり彼女との写真が入っているものだと思って、それで最初は彼女に打診してみたんだが見たこともないし、ツーショットで撮った事もないと言われた」 「まー、亀岡の供述でどんな写真だったかまでは分かったんだがね」 そこまで話すと山根刑事は持っていた缶コーヒーを一気に飲み干した。 話を終わらせようとする雰囲気を感じ、俺は慌てて声をかけた。 「あ、あの‥」 「ん‥」 「亀岡は、なんで腹を立てたんですか?」 「‥‥」 俺の質問に山根刑事は両腕を組んで眉間に皺を寄せた。 そんなに答え難い質問だったのかと困惑していると、 「聞いたには聞いたんだが‥そのあいつらの考えてる事ってぇのが理解し難くてな」 あいつらとは同性愛者の事だろうか。俺は山根刑事に話の先を促した。 「‥‥で、奴はなんて?」 「ん‥なんで破ったんだと聞いたら、写真の男が自分より男前で腹が立ったと言うんだ」 「男前ですか?」 「ああ‥こんな恋人がいながら自分に声をかけてきて、こんな目に合わせたのが許せないっ‥と言うんだ」 「なんですかそれ! 自分で殺しておいて!」 「そうだな‥供述では殺意も認めたのに、故意じゃないと翻しやがったし‥」 「殺意を認めたんですか?」 「おおっと‥」 山根刑事はシマッタという顔すると急に押し黙った。 「なんなんですか、教えて下さいよ」 俺は殺意があったと聞き、思わず真相が知りたいという衝動に駆られた。 「おいおい勘弁してくれ、杉山にどやされる」 例の若い刑事の名を挙げ、俺の追及を逃れようとした。 「いずれ裁判で明らかになるから、それまで待て」 そう言って山根刑事は頑として口を割らなかった。 「えー、後で分かるんなら今教えてくれたって‥」と、俺は思わず毒づいた。 「休憩時間はいいのか?」 山根刑事は旗色が悪くなったからか腕時計に目をやり、そう促した。 「あ、本当だ‥もう帰らないと‥」 俺は慌ててベンチから立ち上がった。そして手にしているロケットに気がついて、 「あ、山根刑事、最後にもう一つ聞いていいですか?」と、声をかけた。 「ん、なんだ」 「なんでこれを俺が貰うことになったんですか?」 と手の中にあるロケットを差し出して見せるとその経緯を訊ねた。 すると山根刑事はまたしても眉間に皺を寄せて、 「ん〜、そこまでは俺も知らんな‥なんだったら父親に直接聞けばいい‥」 と、なんとも歯切れの悪い言い方ではぐらかされた。 俺は煮え切らない気持ちのまま、そのロケットを握り締めた。 「うーっ、寒むぅ〜夕方から雪だとか言ってたな。もうすぐ春だというのに‥」 山根刑事はそうボヤキながらベンチを立った。 「ほら、時間いいのか」と、催促された。 「あ、はい」 俺は慌ててロケットをポケットに仕舞い込むと山根刑事の後を追った。 公園を出たところで、 「それじゃー、休憩時間に悪かったな」 「いえ‥態々届けて頂いて、ありがとうございます」 そう言って互いに別れの挨拶を交わした。 「さっき言った父親にって話‥もう少し落ち着いてからにしてくれないか。相当参ってるみたいだから‥」 と山根刑事はいつになく真剣な眼差しでそう忠告してきた。 「分かりました、そうします」 「それから‥裁判を傍聴するのもいいが、真実を知らない方がいいこともある」 と意味深に仄めかした。 『どういう意味ですか』と問い質したかったが、その言葉は飲み込んだ。 何故か追求しても無駄だと思ったからだ。 そしてバイト先に向かって数歩歩いたところで、 「神谷!」と、後ろから山根刑事の呼ぶ声がした。 振り返ると、「さっきの写真! プリクラだったそうだぁー」と周りの目も気にせず大きな声で教えてくれた。 俺は返事する代わりに大きく手を振った。 (でかい声でいう話かよ‥全く)と内心呆れる。 だが周りの人間には分らないくらいは気をつかっていると苦笑した。 「プリクラか‥」と呟くと急いでバイトに戻った。 「お先にぃ〜」 更衣室前の事務所にいた店長に軽く挨拶すると、裏口の戸を開けて驚いた。 足元に薄っすら雪が積もっていたからだ。 (そういえば‥山根刑事が夕方から雪だとか言ってたな) と昼間の事が思い出された。 バイトから帰る道すがら更に上空から白いものがチラチラと舞ってきた。 寒い筈だとどんより曇る夜空を見上げながら、ダウンジャケットの襟を立て首を竦める。 もうすぐ春だというのに‥と季節外れの雪を恨めしそうに手の平に掬う。 「今年最後の雪かな‥」 手の平の中で、解けていく雪を見詰めながら呟いた。 ずっと夜勤続きだったので、こんな時間に帰宅するのは久し振りだった。 ボロアパートまでどうにか辿り着くとすぐにストーブに灯を点した。 だが隙間風の多い部屋では、ストーブ前くらいしか暖かくならない。 マッチ売りの少女ではないが、ゆらゆら揺れるストーブの火に手を翳し、背中を丸めた。 そして目の前の揺れる暖かい色合いの炎をぼんやり眺めた。
(なんか‥めちゃ侘しいんだけど‥)と心の中でぼやいた。 「ん‥」 不思議な事にこうしている場面はなんか初めてのような気がする。 ふと‥ 「俺‥去年の今頃どうしてたっけ‥」と思わず独り言ちた。 そう言えばこのアパートで冬を越した覚えがない。 そうか‥思い出した。 暑さには強いくせに寒さに滅法弱い俺は、それを避けるように冷暖房完備の智也のマンションに転がり込んでいたんだった。 狭いベッドに潜り込む俺に、『布団くらいもってこいよ!』ってよく怒鳴られたのを思い出した。 ここの所忙しくて、まだ半年だと言うのにすっかり忘れていた。 去年の今頃、少し小柄な奴の体を湯たんぽ代わりに抱きしめて寝る心地よさに、別々に寝る事など全く考えていなかった。 あんなに嫌がってたのに、朝目覚めると俺の胸に子猫みたいにしがみ付いて‥。 そうだ‥ 講義の終った教室でいつものメンバーと駄弁ってて‥。 「なぁー、神谷はどの季節が一番いいと思う?」 と、いきなり広瀬が話しを振ってきた。 「なんの話だ?」 「いやぁー、早坂は春がいいんだって!」 「なんだよ、別にいいだろ。桜が満開で‥のどかな春が一番だ」 早坂は夢見心地にそう言い募る。 「俺はぜってぇー、夏! 神谷はどうなんだよ」 「俺か‥そうだな、やっぱ夏だな」 「だよな! 夏の海‥恋人のビキニ姿‥だろ?」 と、得意満面な顔の広瀬に同意を求められ、 「俺はビールが上手い季節だからかな」と答えた。 「ビールってなに! 色気もクソもねぇじゃん」 「ははは‥お前こそ恋人もいないくせに何がビキニ姿だよ」 広瀬の非難がましい口調に俺は反旗を翻した。 「わるかったなぁー、どうせ俺はもてぇねぇよ!」 と奴は腹いせ紛れに傍にいる無関係な早坂にヘッドロッグをかました。 「ちょっ、ひ、広瀬! ギブ、ギブ!」 冗談だと分かっていても早坂は目を白黒させて降参と叫んだ。 智也はそんな馬鹿をしている三人を見て目を細めて笑っていた。 広瀬は一人蚊帳の外を決め込んでいる智也に、 「智也、お前はどうなんだよ」といきなり話を振った。 「僕?」 「ああ‥やっぱ夏だよな?」 と広瀬が決め付けるように言うと智也は頭を振って否定した。 「えー、まさか早坂と同じ春とかじゃないよな」 「まさかってなんだよ!」と、早坂は打てば響くように突っ込むと口を尖らせた。 「僕は‥冬かな」 「え‥」 その意外な答えに一同、唖然とした。 「マジか‥有得ねぇー」 開口一番、広瀬が批判的な言い方をし、 「いいじゃん、別に冬でも好きなんだったら」と事なかれ主義の早坂がそう言いながらも、「でもなんで冬なの?」と訳を問い質す。 「え‥なんでって、なんとなく」 智也は言葉を濁し、笑って誤魔化した。 「なにそれ‥イミフだ」 と、また突っ込もうとする広瀬に、 「悪い、俺バイトの時間だ。智也、本屋寄るんなら途中まで一緒に帰ろうぜ」 と話を強制終了させると椅子から立ち上がった。 「ああ‥待って」 さっさと出ていく俺の後を智也は慌てて追いかけてきた。 「なんだよぉ〜、折角盛り上がってきたってぇのに」 「どこがだよ! ほら、俺達も帰ろうぜ」 広瀬のボヤキと軽快な早坂の突っ込みを耳にしながら俺達は講義室を後にした。 キャンパスを出て歩道を歩きながら、 「智也、なんで冬なんだ?」 広瀬じゃないが、俺はどうにも気になって聞いてみた。 「え‥」 智也は一瞬、驚いたような顔した。 それが俺には意外で、 「いや、別にいいんだけど‥ほら、俺‥冬が一番苦手だからさ」と、慌てて言い繕う。 「だな‥神谷は凄い寒がりだから‥」 智也は訳知り顔でそう口にした。 「だって、冬場は僕んちべったりだし‥」 「そうなんだよ、俺のアパートだと凍死するか下手すると遭難だな」 俺は調子にのってそう言うと智也は破顔した。 「僕は寒いのが好きだ」 「はぁ〜、広瀬じゃないが‥それ、変!」 「そう?‥でもちっとも寒くないんだけどね」 智也はそういうと薄く笑った。
あっ‥ なんで今頃‥
思い出すんだ‥
『だって‥神谷がいるから』
焼け付くような胸の痛みに溜まらず、寒風の中窓を開け放す。 既に帰路についた駅からの道程は真っ白で、 俺の足跡さえ見えなくしていた。 その所在の無さが益々胸を締め付けた。
「ともや‥」 堰を切ったようにブワッと涙が溢れた。 涙は滂沱の如く止まらず、俺はその場に泣き崩れた。 もう二度と会えないという現実に押し潰されそうだ。 失ったものの大きさに、やり場のない寂寥感に、 まるで‥そこだけすっぽり抜け落ちたようだ。 今まで気付かずにどうやって過ごしてきたんだろう。 手にしたぬくもりに何故気がつかなかったんだろう。 全てが俺に向けられていたというのに‥。 溢れるように様々な画面が脳裏に浮かんだ。 薄情な俺を攻め立てるように切り取られた画面が次から次へとフラッシュする。 その中の一枚が突然クローズアップした。 「なんだよぉ〜 撮ってんじゃん」 大学一年の夏休み、バイトの合間に四人で行った江ノ島。 帰りに寄ったゲーセンで遊び半分で撮ったプリクラ。 捨てたと思ってた‥。 「卒業旅行は‥福岡に来るんじゃなかったのかよぉ‥」 「ひでぇよ〜 お前いなくちゃ‥うぐっ」 「なんにも‥してやれねぇーじゃんかぁぁあ」 「ううう‥智也ぁあー」 握り締めた拳で涙か鼻水か分らないグチャグャな顔をを拭った。 「あ‥」 窓からの舞込んだ雪の結晶が涙で火照る頬を撫でた。 俺はゆっくり立ち上がり、窓辺にいくとその光景をじっと見つめた。
月光が雪の白さに反射して、辺りを青白く照らす。 真夜中に降り積もる雪は音も無く、ゆっくり俺の心を侵食していくようだった。 ハラハラ舞い落ちる雪の結晶は、 散り散りに舞う花弁のようにも紙片のようにも見える。
それはまるで智也からのラブレターのように思えた。 |
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