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救人募集 後編

それはキラキラ輝く糸のように宙に舞ったかと思ったら、パッといきなり消えた。
 なんか手品を見ているようにあっという間だった。
 すると何分も発たぬ間に、奥の階段の方から突然小さな玉がふっと浮き出てきた。
 思わずそれを凝視していると、いきなり眩いばかりの閃光を放ち視界を奪われた。
 一瞬目を瞑り、見開いた時には‥見知らぬ男が立っていた。

(あれ?‥階段から来たって事は‥二階にいたのかな)

 全身黒尽くめの衣装を身に纏い、髪も瞳も漆黒で‥えっと‥最近目にしたメンズ雑誌に載ってそうな感じの男だった。
 ようするにイケメンって事だ。
 興味深々でその姿を無遠慮にじろじろと見ていると男と目が合った。
 その眼光の鋭さに一瞬ドキリとする。
 だがその瞳はあの大男へと向けられ、「カナイ様‥お呼びですか」と目の前で跪く。
「ああ‥ヨミジの案内人にどうかと思って‥」
 と、ゆっくり喋る大男はどうやらカナイ様と呼ばれているらしい。
 そして眼光鋭い黒尽くめのこの男は先ほどのヨミジの案内人のセイ‥。
 どうにか彼らの会話からそれぞれの名を知る事が出来た。
 だがさっきから何も知らされず、説明も全くない現状に僕は少々苛立っていた。
 流石に我慢出来なくて、
「あの‥済みません。僕‥求人募集に‥仕事探してるんですけど」と話に割り込んだ。
「だから‥今斡旋してるだろ」
 と横柄に答えたのは一番最初に会ったシドと言われる美青年。

(あー、なんだ。ここは派遣会社なのか)とやっと納得した。

 だが安堵するのも束の間、
「大体、あんたが妙な死に方するからなんだぜ」と、シドが安易に口にした言葉に耳を疑った。
「え?」
 何を言っているのかさっぱり分らず茫然としていると、
「ああ‥こいつか、例の差し戻し受けたのって‥」
 そう意味深に聖が告げた。
「そそ、事故か自殺か微妙でさ‥」と、シドがまた核心に触れる言葉を口にした。
「わ、悪いけど‥僕なんかよく分んなくて‥ここって契約派遣会社じゃないの?」
 僕は一番大事な事を確認していなかったと思い、まず根本的な事を尋ねた。
 よほど呆れた質問だったのかシドと聖と呼ばれる二人は顔見合わせると爆笑しだした。
 人が真剣に尋ねているのに不謹慎だと憤慨していると例の大男のカナイさんが彼らに代わって応えてくれた。
「ここはね‥ん‥何と言うか‥亡くなってしまった人の魂を救い‥そして‥来世に行くまでの案内をしている‥所と言えば‥いいのか‥な」
 と、これまた悠長な口調で説明してくれた。

(って‥おい!) 僕はこの時初めて事の重大さを知った。

「ぼ、僕って‥‥死んだん‥ですか?‥」
 と口にするのも空恐ろしい言葉を発した。
「やっぱ、そうじゃん! 事故だな‥」と得意満面の顔でシドが口を挟む。
「事故‥って‥」と僕は力なく呟いた。
「覚えてないのか‥まぁ‥事故じゃ死んだのも分んねぇか‥あんた歩道橋から落ちて車に撥ねられたんだよ‥殆ど即死だった」
 シドが淡々と僕の身に起こった事実を明かしてくれた。
「歩道橋‥」
 記憶の糸を手繰り寄せるようにその言葉を口にした。
「あっ!」
 一気にあの時の事が蘇った。
 今日の面接も結局駄目で、歩道橋でぼんやりしてたら‥急な突風で手にしていた封筒が飛ばされて‥確か慌てて取ろうと掴んだんだった。

(ああ‥そうか、あの時‥僕)

「なんか‥まだ実感ないんだけど‥やっぱ死んだんだよね」と確かめるように口にした。
「だって、あの張り紙見えたんだろ? 救人募集の‥」
 シドが聖の肩に手をやり、寄りかかるようにして茫然としている僕に声をかけてきた。
「ああ‥うん」力なく頷くと今度は聖が、
「本来事故や自殺の場合‥黄泉への道が分らずこの世に留まり彷徨ってしまうんだ‥だから救済措置として救う人と書いて救人募集の張り紙を出してる」
「救‥人‥募集?」
 僕は間抜けな事に、この時初めて募集要項の最初の言葉を知ったんだ。
「そそ‥あの張り紙が見えて良かったよ‥この世に強い未練のある人には見えないんだ。そういう人は俗にいう地縛霊になっちゃうんだ」
 とさっきまで馬鹿にしていたシドが急に優しい声音で説明してくれた。
 だけど話の大筋は分ったのだが、新たな疑問が沸いてきた。
「だいたい‥分ったけど‥事故で亡くなって彷徨ってて‥あの世へ行けるようにしてくれるんですよね‥だけど仕事を斡旋って‥なんですか?」
 この質問には三人が顔を見合わせた。
 そして誰もが眉間に皺を寄せ、思案顔になった。
 やがて均衡を破るようにカナイさんが口を開く。
「えっと‥君の場合‥事故か自殺か判断出来なくてね‥ペナルティーが‥そのついたんだ」
「ぺ、ペナルティー!」

(な、なんですかぁーそれ!)と、また訳のわかんない事を言われて唖然とする。

(まさか、三途の川渡るのにペナルティーってあんのっ?!)と思わず心の中で毒づく。

「だ・か・ら、あんたは事故か自殺か分んなかったんだよ。普通、自殺と認められた時点で地獄行きなんだ。でも事務局が差し戻ししちゃったからさ‥来世に行くにはちょっと奉仕しなくちゃいけなくなった訳、分る?」
 とカナイの悠長な口調とは間逆の早口でシドが一気に捲くし立てた。
「えっと‥補足するとね‥君が思ってる三途の川を渡るというのは来世に行くことで‥通行書が必要なんだ‥普通は免除なんだけど‥君の場合実費なんだよ‥済まないが‥」
「え‥えええ――――っ 金とるんですか?!」
 僕は意外な事実に素っ頓狂な声をあげた。

(あれ‥僕、いま三途の川って口にしたっけ‥?)一瞬だが妙な違和感を感じた。

 だがそんな畏怖など微塵もなくなる位の勢いで、
「当たり前じゃん、簡単に行けると思ったら大間違いなんだぜ。普通順調に死期を迎えた人は現世でちゃんと野辺送りしてもらって通行証明書発行してもらえんだよ」
 とシドが力説してくれた。
 それまで静観していた聖が今度は口を挟んできた。
「そう‥事故死の場合でも本人は知らないけど、これもこの世で定められた寿命って事で想定内の出来事なんだ‥だからそういう通行証明がなくても免除なんだよ」
「ぼ、僕だって事故死なんでしょう‥なんで実費なんですか!」
 と納得いかないと食ってかかれば、
「それなんだよなぁー、なんで差し戻しになったんだぁ〜」
 と僕が聞いてんのにシドが頭を抱えている。
「君‥歩道橋にいた時‥死にたいとか‥思わなかった?」
 と意外な事をカナイさんが聞いてきた。
「え‥」
 そう言われて、数時間前のあの時の事を思い出した。

(さっきの面接も、手応えなかったな‥なんか‥疲れた。もう‥嫌になってきた‥)

 歩道橋の下を車が忙しなく往来している。
 皆、この社会の歯車の一員としてちゃんと起動しているんだ。
 なんだか‥僕だけ一人取り残されちゃった感じだ。

(ここって‥飛び降りたら‥やっぱ痛いのかな‥一瞬だから分んないか‥いや‥痛いのやっぱ嫌だな‥)

 そこまでの記憶を辿って‥確かにそんな自殺願望的な発想があった事を思い出した。
「‥‥」
 無言でいると、
「なにか‥心当りあるんです‥ね」
 と優しい語り口でカナイさんが確かめてきた。
「はい‥でも思い直して‥ あの後‥風に舞った封筒を取ろうとして」
「落っこちたのかよ」と、せっかちなシドが事の顛末を代弁する。
 僕はそれに答えるように大きく頷いた。
「えっと‥事故だったとしても‥ね」と、カナイさんが言いかけたのを遮って、
「差し戻し出来るって事は、異議申し立ても出来るんじゃないんですか?」と僕はすがる思いで問い質した。
「それ無理! 事務方の決定事項は覆せない」と聖が無情にも一言で却下した。
「嘘‥絶対?」
 これには三人とも大きく頷いた。


 こうして僕は三途の川を渡る金を稼ぐ為に仕事を斡旋してもらった。
 そう、それこそ三途の川までの案内人。
 そして今は次の通行人がくるまでの待機の時間。
「ねえ‥聖」
 と傍でごろんと横になっている彼に声をかけた。
「ぁあ?」
 たるそうに体をこちらに向け直した聖に、
「ちょっと聞いていい?」と新参者らしく尋ねた。
「なんだ‥」と聖は相変らずの不遜な態度で返事をする。
「僕、死んだんだよね」
「あ?」今更という顔すると、「だからここにいんだろうがっ!」と吼えた。
「うん‥」
「馬鹿か」と呆れ顔の聖に、
「でも、なんか全然悲しくないんだけど。多分家族とかも僕が突然死んでショックだったとか思うんだけど‥それがそれほど心配じゃないし、気にもならないんだよね」
 とずっと気になっていた事を告げた。
「ああ‥なるほどな」
「聖もそう思うだろ。普通そうだよね」
「逆だよ。普通なんも思わないし、感じないんだ」
「え、そうなの」
「ああ、お前の場合半端な死に方だったから、半分気持ちが残ってンだな」
「半分残ってる?」
「そういう事。事故死はあんまり突然だと本人が死んだって自覚がない場合がある。死んだと認めたくない奴は現世で彷徨って‥地縛霊になっちまうこともある。運よくお前みたいにこっちに来れても、魂魄になりきってないから現世の事を思い出すんだろ」
「へぇ〜」
「そのうち、忘れるから心配ないぞ」
「え‥忘れるの?」
「ああ、そうだ。因みにマコト、お前の苗字なんだ?」
「なんなのそれ‥」と怪訝な顔をすると、「だからなんなんだって聞いてんだろうがっ!」と聖は苛つき声を荒げる。
「僕は‥‥あれ、あれれ‥何だっけ?」
「な? もう忘れてんだろ」
「え‥‥」と驚いたが、悲しくもなんともない。本当に何の感慨もないんだった。
 よく分からないが取敢えず納得した。
「それから‥」
「っんだ、まだあんのかよ」と聖はしだいに不機嫌な顔になった。
「ごめん、でも一個だけ」と懇願すると、「ぁあ? 今度はなんだ」と聖はぶっきら棒に応えた。
「僕が見た『救人募集』の最初にあった募集要項の動物の世話って‥あれなんだったの?」
 とずーと気になっていた事を尋ねた。
「ああ、あれか‥一番人手不足な部署だな。地獄の亡者どもの世話係りだ」
「へえー でもなんで動物の世話なんだろう」
「あははは シドの奴‥」
 なにが可笑しいのか聖は突然腹を抱えて笑い出した。
「‥‥」
 一人唖然としている僕に気付き、崩れた相好を素早く元に戻すと、
「元は人間でも理性がなくなったら、獣並だからって事だな」
 といつもの素っ気ない口調に戻った。
「ああ‥」
 成る程と妙に納得して、シドのジョークに馬鹿受けの理由も分った。
「僕、そっちに斡旋されるんだったのかな‥」
 僕の一言に聖は目を瞠ると、
「それはないな」と、すぐに否定された。
「な、なんで‥」
 無碍もなく却下されて思わず反論すれば、
「お前、可愛いもの‥あいつ等の餌食になるのは目に見えてる」
「え、餌食って‥食われるの?」
 これには流石に驚き、全身を震わせ怖ける。
「食われねぇよ‥」
 僕のリアクションに聖は肩を上下させて笑う。
 その馬鹿にした態度に、不本意だと剥れる僕に、
「奴らはな‥地獄の業火に焼かれても業は中々削ぎ落とされないんだ‥とくに性欲はな」
 その最後のフレーズにゴクリと喉を鳴らした。
「そ、それってやっぱ‥」
「そ、男女関係なく襲われるって事‥それも油断すると次から次へと」
 想像するだに恐ろしい光景が頭を掠め、思わず体を強張らせた。
 すると聖がいきなり起き上がり僕の後ろに座ると、
「良かったよなー、俺だけで済んで‥」
 といきなり抱きついてきた。
 すぐ傍まで近付いてきた奴の目を睨みつけると、
「や、やめろ! 離せよ!」
 と思わぬ展開に焦りまくりながら、戒められた奴の両手を外そうと躍起になる。
 気がつくと目の前に迫った奴の口角があがり、
「ちょっ!」
 と最後に口にした抵抗の言葉は聖の唇で塞がれた。

 これって‥‥‥えっ

                                                       おしまい     


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