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Majikaよ

第一章 身代わり その一

「おーし、行くぞ」
「あっ 待って、はい お弁当」
「今日は、部活で遅くなるの?」
「多分」

 いつもの事だろう! いちいち聞くなよ!

「夕飯、翔ちゃんの好きなハンバーグだから‥チンしてね」
「‥‥」
「返事くらいしてくれたって減るもんじゃないのにぃ〜 意地悪」
 
 この妙に女言葉の主はなんと俺の兄貴。
 ゲイバー勤めが長いせいか、オネエ言葉がすっかり板についちゃってる。
 これで、名前が板倉源三って言うんだからマジ笑えるぜ。

「あ〜、もうこんな時間、よっちゃんにモーニングコールしなくちゃ」
 
 よっちゃんって言うのは‥えーと何番目だっけー
 とにかく兄貴の現在の彼氏で山上義満さん。兄貴には内緒だが歴代の連中にくらべるとちょっと見劣りする。
 という事でもっか熱々馬鹿ップルだ。

 勝手にやってろと俺は玄関でスニーカーの紐をくくっていた。

 すると背中に激痛が!
「いってぇぇぇぇぇぇ」
 どこからともなく飛んできて、しこたま背中にぶつかった上そのまま床に何かが転がる。
 ガシャンと妙な金属音の正体を確かめるべく、痛みを堪えながら振り返るとそれはなんと兄貴の携帯だった。
 それも無残に変な方向に折れ曲がっている。
 愕然としていると更に奥の部屋から髪を振り乱して喚き散らす兄貴の姿が目に飛び込んでくた。

 ゲッ! これってヤバくない?

 と、思った時は既に遅かった。
「翔ちゃ〜ん、聞いてよ!」
 半べその兄貴が俺の姿を捕らえて早速愚痴り始めたのだ。
「モーニングコールしたら女が出たの、女よ! 信じられる?!」
「わあったって! 学校遅れるだろ! もう一回掛けてみろよ間違えてんじゃねぇか、かけるとこ!!」
 アイボリーのシルクのパジャマの端を口に加えて、ヒステリックになってる兄貴を適当に宥めにかかる。
「うん、ごめんね‥翔ちゃん‥」
 だがこう殊勝に出られると男はイチコロだろなって、実の弟でも関心するくらい可愛くなる。
 俺より先に生まれたというだけで、身長若干低いし、めちゃくちゃ美人顔だし、声は‥(若干作ってる‥な)なんだが、我が板倉家のれっきとした長男なんだ。
 
「あんまっ 泣くと目腫れっぞ」
「うん‥・大丈夫よ 気をつけるから‥・行ってらっしゃい」
 俺は、玄関の時計を見て慌てて出掛けた。

 俺の名前は、
 板倉翔 高校二年生。
 俺が小学三年、兄貴が高校二年生の秋、両親が事故で亡くなった。これといった親戚も無かったので、俺は民生委員の人の世話で施設暮らしとなった。
 だが兄貴が高校を中退して一旦は施設に入った俺を引き取ってくれた。
 高校中退で俺を育てていくのが並大抵な苦労でない事は言うまでもない。
 割のいい仕事をするため職業を転々として、現在に至る。
 元々中学の頃から男にしか興味がなかったという真性のゲイだから、今の職種は天職なんじゃないかとつくづく思う。
 料理もマメだし、掃除・洗濯とまるで兄貴というより姉貴という感じにこなしている。

 俺は朝の騒動もすっかり忘れて夕方マンションに帰宅した。
 すると例の兄貴の彼氏の山上が玄関ホールでウロウロしているのが見えた。

「あ、 翔君」
 山上は翔を見つけると天の助けと言わんばかりの勢いで飛んできた。
「山上‥さん」
 常日頃本人以外の前では読み捨てにしているので、慌てて『さん』を付け足した。
 だが血相を変えている山上の様子に妙な不安を感じた。、

 なんか‥・嫌な予感すっぞ!!

「薫さん、何度電話しても出てくれなくて、会いにきたんだけど、部屋にもいないみたいなんだ‥」
 薫とは兄貴の源氏名だ。
 見てくれは女だが、本名が源三じゃ不味いってんで源治名で呼ばせているらしい。
「この時間だったら店じゃないですか」
 そう答えてやると山上は腕時計に目を遣った。
「えっ、でも早くないかい?」
「同伴出勤だともっと早く出る時もあるみたいだけど?」
「そ、そうなの?」
 店の事情に疎い彼はさっぱりなのだろう。
 今までの彼氏は大概、店のお客様あたりだった。だが山上との出会いがタクシーの取り合いからだったとかで今までにないパターンだ。
 それに商売上手の兄貴にしては珍しく店に来させないようにしている。
 ただ、オロオロしている山上をこのままという訳にもいかず、
「取りあえず、部屋に行きませんか。まだいるかも知れないし‥」
 俺の誘いに山上は萎んだ花がいきなり咲き誇るように顔色を変えた。
「そう!!そうだね、助かるよ」
 現金なものだ、急に声音まで明るくなる。
 実際のところ今朝の兄貴の様子だと居留守くらいは有得る。

 しかし‥この男の狼狽え様はどうなんだ。情けないぜ、山上さん!!

 二人で玄関から居間へと続く廊下を行き、扉を開けて中の様子を確認したがやはり誰もいる気配がない。
 俺は他の部屋も覗きながら、
「やっぱり‥お店みたいだよ」と告げた。
「そうか‥。じゃあお店いって見ようかな‥」
 そのお伺いを立てるように言い方を不審に思って、
「行った事あるの?」と単刀直入に尋ねた。
「‥‥」
 
 この沈黙は、はいはい‥ないんですね

「この時間だと‥まだ準備中のはずだよ」
 俺が壁の時計を見ながらそう忠告すると山上はがっくりと肩を落とし、再び腕時計を目にした。
 仕方がないのでコーヒーでも飲んで時間を潰すよう提案した。
「いいのかい?」
「全然、問題ないよ」
「わるいなぁー」
 と山上の奴、遠慮がちに言うが顔は嬉々としてキッチンに向かう俺の後に続いた。
 俺はキッチンに入ってある異変に気がつき、
「ぁあー」と思わず声を上げてしまった。
 その突拍子もない声に山上は席を立つと「な なに?!」と心配そうに覗き込んできた。
「あっ ごめん。何でもないから‥」
 と俺は赤面しながら慌てて謝った。

 『今日は翔の好きなハンバーグよ』って! どこにあんだよ! ぁあっ?!

 朝約束した夕飯は影も形もない。
 よっぽど奴となんかあったに違いない。
 自分でいうのもなんだが、超がつくほどのブラコンの兄貴が夕飯作るの忘れるくらいってマジやばい。

 なんかすっげぇ〜嫌な予感すっぞ!

 コーヒーを入れるとこうなった今朝の騒動を聞きだそうと滅多に話かけた事もない山上に声をかけた。
「山上さん何人兄弟?」
「四人だよ、上に兄二人と、姉と‥そして末っ子の私だよ」
「ふーん、末っ子なんだ」
「うん‥安心した?」
「えっ?」
 俺は大した思惑もなく尋ねたのに確信に触れるような返事にちょっと驚いた。
「君のお兄さんと付き合っても何の支障もないよ。家業の酒屋は今コンビ二に変わって一番上の兄が継いでるし、二番目の兄も三番目の姉も皆結婚してる。それに私は高校の時に既に家族にカミングアウトしてるんだ」
「ええー、山上さん元々そっち系? なんだ、うちの兄貴と付き合ってからじゃないんだ」
 山上は突然、ブーッとコーヒーを噴出した。
 俺は慌ててフキンを手渡した。
「ご ごめん! ちょっとびっくりして‥」 
 山上は恐縮しながらフキンで顔まで拭こうとして、「それフキンだから」と忠告してやった。
「あ、あははは」と誤魔化すように笑う山上にティッショを差し出した。
 俺はその様子に、さっきの言葉に他意はないが相当焦らせたみたいで罰が悪かった。
 
 だけど昼行灯みたいにボォーとしてるけど、カミングアウトなんて結構言う時には言うんだ。

 以外に男らしい一面に関心した。

「色々身上調書みたいな事聞いてすみません。今までの彼氏が皆、長男だったり一人っ子だったりとそれが原因の破局が多かったので‥つい」
 そういうと小さく頭を下げた。
 山上は慌てて気にしてないと鼻の先で手を振る。
 だが奴に昔の男の話まで振ったのは不味かったと気がついた。
「山上さん、今までの彼氏の事気になりますか?」
「気にならないと言ったら嘘になるけど‥あの通り綺麗な人だろ? 今までの彼氏って、僕と違ってきっと薫さんとつり合った人ばかりなんだろうね」
 俺が返答に困っていると、なんかと肯定してみたいで奴はがっくり肩を落とした。

 おいおい! 落ち込んでんじゃねぇよ! ホローしたくなるじゃん!

「でも、あの人と付き合うのって大変でしょ?男の癖にはねっかえりだし、我儘で、思い込みが激しいしっ」
「そうなんだ、今朝も‥翔君、何か聞いてる?」
 山上は急に何か思い出したように今朝の事を聞いてきた。
「ああ、そう言えば今朝、山上さんの携帯に女の人が出たってすっげぇ剣幕だった‥」
 奴は僕の話を聞いて天を仰ぐように、
「‥‥‥やっぱり」と顔色を無くした。
「実は‥昨日から姉が家に来てるんだ」
「お姉さん?」
「ああ‥それが夫婦喧嘩で家出中なんだよ。実家は兄嫁がいて帰りずらからって独身の僕の所に転がり込んできたんだ。‥それにあれ程フライベートな携帯には出るなと言ってあったのに!」

 なるーそういう事か‥。なんだ兄貴の早合点かよ! ちっ!!

「すぐに何度も薫さんに電話したんだけど‥」
「あー、それは出ないというより出れない‥かな」
「え‥」
「今朝の剣幕で携帯投げて、ぶっ壊れてましたから」
「ええーっ」
「被害は携帯だけじゃないけどね‥」と俺はまだ痛む背中に意識をやりながらボヤいた。
 連絡がつかないと知るとすっかり意気消沈している奴に、
「大丈夫ですよ‥誤解なんだし‥」と慰めた。

 多分気休めだろうけど‥あの兄貴に関してはちょっとした誤解ではすまないだろうな!

 店の開く時間まで奴に付き合っていると、突然インターホンが鳴った。
 モニターを見ると、兄の勤める『バカンス』の真理子ママだった。
「翔ちゃん、薫いる?」
「ううん、いないけど。同伴で出先とかじゃないかな?」
「それはないわ。ちょっと、ここじゃ話も出来ないわ。開けて!」
 五十過ぎのママはどこをどう見てもオカマにしか見えない。この時間だとマンション住人の帰宅ラッシュだ。どうやら周囲の好奇の目が気になるらしい。
 俺は直ぐに開錠ボタンを押した。
 ママは直ぐに上がって来て凄い剣幕でドアを開けると、
「ねえ、薫何か言ってなかった?」と吼えた。
「別に‥学校から帰ったらもういなかったから」
「じゃあ、何か変わった事は、今朝はどうだったの?」
 そこで初めて側にいた山上と顔を見合せた。
 その不穏な空気に「何かあったのね」と、ママの長年の感が冴え渡る。
 ママは話は長くなると見たのか玄関での立ち話をさっさと切り上げ、勝手知ったるで居間の方へと突進した。
 居間に入るなりソファーにどっかと腰を下ろして、エルメスの手提げからシガレットケースを取り出した。
 そしてママのお気に入りの洋もくを一本取り出すと洒落たライターで火をつけ、慣れた手つきで煙草を吹かせる。
 一息吐いたところで、「で、なにがあったの?」と取調べを始めた。
「あの‥それが‥」
 すっかりママの迫力に蹴落とされた山上はしどろもどろになった。
 仕方なく俺は山上さんに代わって今朝あった事を説明した。兄貴のとんだ独り合点の勘違いも付け加えて。
「もう! 相変らずそそっかしいんだから」
 と吐き捨てると煙草を手にしている方で頭を抱え込む。
「で! 薫は?」
「だから、てっきりお店だと」
「いないからこうしてきてるんじゃない! 大体今日は大切な日なんだから、あの子だって承知してる筈なのに全く!何度繰り返せば気が‥」
 そこまで言いかかって、ママと俺はある重大な事を思い出して思わず見合わせた。
 そして、お互い人差し指を指して「「あっ!!」」と同時に声を発した。
 俺は真意を確かめるべく洋服ダンスに急いだ。
 勿論兄貴のだ。
 ママも後から付いてきて、「どう?」と顛末を確かめる。
「ない! 旅行カバンもお気に入りの服も」
 と俺の言葉を聞くなりママは直ぐ側の鏡台に目を遣り、「化粧品もないわ‥」と確信するとそのまま意気消沈して座り込んだ。
「今度は‥どのくらいかしら‥」
 と誰いう事もなく呟いたママの言葉に俺は皆目検討がつかないと頭を振った。
「この前は確か一週間だったわよね」
「その前は‥」
 過去を思い出すかのように口にしたママの言葉に、
「2週間」
 と、俺は掃き捨てる様に告げた。
「あ、そうそう長い時もあったわよね。翔ちゃん、家で預かった時なんて‥確か一ヶ月」
「あの〜、何のことですか?」
 一人茅の外の山上が口を挟んできた。
「ああ、いつもの傷心旅行よ」とママはどこか間の抜けた男に面倒くさそうに応えた。
「傷心旅行?」
 だがまだ理解できない山上は反芻する。
「だから、失恋の痛手を癒すための長旅に行っちゃったんだよ」
 今度は俺が堪らず打っちゃけた。
「え? 失恋って? 誰に?」
 この完全KYな男にママと俺は思わず茫然とする。
「あんたの事でしょうが!」
 半ば切れ掛かった状態のママが見かけとは? 裏腹なドスのある声音で刷き捨てた。
「ええー!!」
 末尾は絶句の山上は口パク状態。
 俺とママはそんな奴を打っ遣って行き先を検討し始めた。
「ねえ! 今度はどこだと思う?」
「うーん、伊豆も行ったし、北海道の登り別も‥、四国の道後も‥、残るは九州辺りかな」
「今から捜すったってねぇー、こんな時間じゃ話にならないわよ!」
 ママはしきりに時計を気にしながら困り果ててるようで、余程の事があるようだった。
 何度も付く溜息に
「兄貴いないとなんか不味いの?」
 と尋ねずにはいられなかった。
「そうなのよ。会長の断っての頼みでね。取引先の知合いの息子がさ、うちのナンバーワンを紹介してくれって‥。それも今晩なの」
 会長とはママのパトロンだ。
「それだったら兄貴が指名って訳じゃないんじゃん! 茜さんでいいんじゃね」
 茜さんは兄貴とトップを争うほどの売れっ子なのだ。
「それが駄目なのよ! 茜は今パトロンと香港なの。もうブランド物一杯買ってもらうんだってホイホイ行っちゃったわよ」
 何度も耳ダコでなんだが、兄貴はかなりの美人なんだ。ちなみにパトロンはいない。
 恋人の山上さんがいるからだと思う‥多分。
 ママにはパトロンがいるんだけどね。
 この事実はいまだに謎だよ‥あのママにだ! 
 ガタイはがっしりの肉体派、化粧で誤魔化しきれない顎の張り、おまけに野太い声。
 どうやっても男が無理くり女装って感じなんだ。
 会長さんにすれば、あばたもエクボ‥‥それか蓼食う虫も好き好き?? 

 うわぁぁぁ 爆笑‥死にそ。

「じゃあ‥静さんは?」
「ちょっと冗談でしょ! 店の品位落すような事言わないで!」
 
 おいおい!! あんたがそれを言うか!?と思わず突っ込みたくなるぜ

 まっ! 分からなくもないけど‥静さんは兄貴と大の仲良しで、気立ては良いのだがガッチリとした男らしい肉体美のオカマさんなのだ。その体格にマッチした声も‥ママより低音ときてる。
 他に誰かいないかと思案していると、
「いたわ!」
 ママの裏返った声で俺も山上も驚く。
「誰?」
 俺の問いにママはニンマリ笑って、
「翔ちゃん」
 と言い放った。
「‥‥」思わず俺は目が点になる。
「翔ちゃん、中学の頃店に遊びに来た時、真似事で化粧した事あったじゃない、そりゃあもう綺麗で皆驚いたのなんのって」
「だーめ! あんとき兄貴が凄い剣幕だったじゃないか」
 忘れたとは言わせないぞとママを睨む。
「そりゃー、薫は翔ちゃんだけには真っ当な道を歩かせるんだって口癖のように言ってるけど‥今度の事は薫にも責任あるんだし、ねぇーこの通り!一生のお願い!」

 う〜ん、両手をついて拝み倒されたもなぁ‥‥。

「今日だけだから、一生の!ホント!一生のお願い!します」
「だけどさー、俺こんな言葉使いだし」
「大丈夫、黙って座ってるだけでいいようにベテランのヘルプいっぱいつけるから」
「う〜ん、ママの頼みだし〜、‥‥‥仕方ないか!」
「うう〜ん、翔ちゃん恩にきるわ! ありがとう」
 抱きしめられた上、厚化粧の顔で頬づりされた。

 うわっ!! ママそれキモッす!!

「そうと決まれば時間がないの、急いで行きましょ」
 俺の手を掴むと玄関に急いだ。
 後を追う様に山上さんが、
「あの、薫さんはどこに? 私はどうしたらいいんでしょう?」
「えっ、そうねぇ〜確か九州の湯布院に行ってみたいような事言ってから、片っ端から旅館に問い合わせて見れば、上手くすれば見つかるかもよ」
 とママは行き掛けの駄賃のように頼りない山上に兄貴の事を託す。
「あっ はいそうします」
 山上はあれよあれよの進展で返された曖昧な返答でも必死である。

 まっ 頑張ってよ! 山上さん、検討を祈る。 

 ちょっ! ママ、馬鹿力で引っ張るなって!

「あっ 山上さん!帰る時、戸締りお願いします」
 思い出したように俺は大事な用件を告げた。
「分かった! いつもの所に置いておくよ‥気をつけていっー」
 最後のセリフを聞く前に急かされるまま玄関を後にし、マンション前で随分待機していたのだろうタクシーに乗せられた。


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