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Majikaよ

第二章 その五

 静さんとマンションまで辿り着くとお客用の駐車スペースに車を停める。
 俺は静さんに美味しいコーヒーを入れるからと部屋に寄るように引き止めた。
 それにママへの報告等今後の事もあるので色々話をつめておこうという事になった。
 部屋の前までくると辺りの様子が違うのに気が付く。
 ドアの前に宅配便の箱が山積みになっている。
 静さんと俺は思わず二人顔を見合わせ同時に、
「薫ちゃんっ!」「兄貴っ!」
 それぞれに口にすると同時にドアが、

 バンッ

 と、勢いよく開け放たれ、
「翔ちゃんっ! こんな時間までどこいっ‥静ちゃん?」
 予想通り兄貴が飛び出してきたのだが、静さんの姿に驚いている。
 俺は相変らず自己中の発言に思わず切れそうになる。

 どこ行ってただあー そりゃあ こっちのセリフだろぉがっ!

 だが、俺が爆発する前に静さんが間髪入れずに鎮めにかかった。
「翔ちゃん、一人で心配してても仕方ないって家に遊びに来くるよう言ったの」
「え‥静ちゃん家に?」
「そ、お客様から差し入れに鴨もらって鍋一人で食べるのもなんだし、遅かったんだけど‥ママも翔ちゃんの事心配してたから電話してね」
「ふーん、でっ! 一緒に連れだってご帰宅?」
 なにを勘違いしてるか知らないが兄貴はあきらかに疑い眼だ。
 元々勘が良いので一瞬ドキリとするが、静さんはすぐに訳を説明する。
「薫ちゃんっ! 翔ちゃんは私にとっても可愛い弟なんだよ! 翔ちゃんは急に居なくなって夜も眠れないくらい心配してたんだよ」

 いや〜、ぐっすり 色んな意味で疲れて‥爆睡してました‥‥。

「そうだよ! 静さんにまで気を使わせて」
 二対一の逆転ムードに兄貴は、
「静ちゃん‥ごめん。悪かったわ‥翔ちゃんもそんな怒んないで!」
 すっかりしおらしくなった兄貴は可愛さ倍増で無敵だ。
 静さんも俺もこれ以上攻め立てる訳にもいかず、
「でっ? 何処いたんだよ‥今まで」
 と、今度は逆にこの三日間の家出先を訪ねた。
「あ‥うん‥湯布院からぁ〜別府方面を回ってね」
「やっぱ九州か‥」
「う、うん‥よっちゃん迎えに来てくれたから」
「ええっ! 山上さんと会えたの?」
 これには静ちゃんが驚愕の声をあげる。
 このクソ真面目な男はママに言われるまま片っ端から旅館やらホテルに問い合わせたんだろう。

 山上さん、すげぇよ!  こんなアホな兄貴の為に‥。

「夜行バスでね‥一緒に帰って来たんだぁ〜」
 頬を赤らめて舌足らずな言い回しで惚気を口にする。

 いい年こいて、純情にもほどあんだろっ ぁあっ?!

「でっ、山上さんは?」
 静さんは山上さんの姿が見えないのに気がついた。
「ああ‥お姉様が家出中だとかでお兄さんが迎えに来てて、何だかもめてるらしいの‥慌てて帰ったわ」
 山上さんのお姉さんの話が出たところみるとどうやら誤解は解けたようだ。
 長男でも一人っ子でもなく、まして家族にはカミングアウトしているという好条件は滅多にあるものではない。
 あんな自己中で短気で我儘で、女子でもないのに御し難い半端な兄と辛抱強く付き合っていけるとしたら山上しかいないように思う。
 いかんせん今までのような好みの男前でないのは不安材料だが、兄貴の心変わりさえなければ一押しだろう。
 そこで何故か藤堂の事が頭を過った。
 兄貴目当てで資産家の長男で跡取りで、滅茶苦茶男前、おまけに美丈夫ときた。

 うわぁぁぁ  山上さんの勝てる相手じゃねぇじゃん!

 今までの例からすれば兄貴の心変わりは充分有得る。だが俺としては希少価値すら感じる山上さんを手放すのは惜しい。
 しかし思惑通りにいかないのが世の常‥。
 兄貴の面食いの性分が変わるとは思えないし、たいして興味のない俺でさえ奴の手管にイチコロだったのだ。
 目当ての兄貴だったら本気でアプローチをしてくるに違いない。
 でもこれって、兄弟で奴の手に落ちるって事だよな‥。

 鬼畜だ! 鬼畜過ぎるぜ!

 色々思考を巡らせている間に静さんと兄貴は土産を広げて談笑していた。どうやら静さんとお店にもっていく土産の算段をしていたようだ。
 やがてコーヒーも出し、俺は外に出したままのダンボールの片付けに席を外した。
 ゴミ置き場へ片付け終え、リビングに戻るとなにやら揉めているようだ。
「本当にいいの」
 兄貴がやたら恐縮している様子に、
「なに? なんの話?」
「うん、ママの所に今から土産持って無断で休んだ事謝りに行こうと思ってたんだけど‥静さんが帰り寄ってくれるって‥でもやっぱり直接謝りに行った方がよくないかな?」
 本来なら本人が謝りに行くべきだろう。ただ、ママは俺の昨夜の事も含め寝耳に水状態なのだ。
 俺は静さんの判断は正しいと思い、
「静さんの言う通りだよ。ママすげ怒ってたからワンクッションおいて貰った方がいいよって!」と後押しする。
 ここは事情も分からずいきなり兄貴の登場ではママが混乱するのは目に見えている。
 まして昨夜の俺の事もあるし、何もかも知っている静さんに根回しして貰っていた方が良い。
「でも人を介してなんて余計こじれない?」
「直接言っても門前払いかもしれないわよ‥大切なお客様との約束があったんでしょ?」
「あっ! そうだったわ! やだ、どうしよう‥ママに『絶対よ』って言われてたんだった」

 今頃気付いたのかよ! 相変らず呑気だなぁー 全く!

「だから静さんに上手く取り成して貰った方がいいよ」
 俺はすかさず一押しする。
「そ、そうね‥静ちゃんごめんね‥悪いけどお願いしていい?」
「勿論よ‥上手くママの機嫌とるから、OKでたら折り返し薫ちゃんに連絡するね」
「うん‥ありがとっ」
「じゃあ、私そろそろ‥」
 そう言うと静さんはママにと言付かった土産を手に立ち上がる。
 その荷物を理由に俺は静さんを駐車場まで見送る事にした。
 エレベーターに乗り込むとすぐに静さんが話を切り出してきた。
「びっくりしたわね!」
「うん‥マジやばかったぁ〜 静さんの機転のお陰だよ」
「取り合えず誤魔化せて良かったわ‥問題はママね」
「うん‥」
 出来たらママには藤堂の事は内緒にして欲しいがそんな訳にもいかないだろう。
 懸念していた事は静さんの方から口火を切った。
「藤堂さんの事、出来るだけ誤解のないように話はしてみるけど、既に藤堂さんの口からパトロンの事漏れてるかも知れないから‥その時は正直に話すけどいい?」
「うん‥ママには全部話しておいた方がいいかも知れない」
 俺もこれ以上、面倒なのは困るので覚悟はあると告げた。
「薫ちゃんの方は問題ないから‥帰って来た事と本人から謝りたいって事だけ伝言するわ‥後は翔ちゃんの事だけどうにか穏便に済ませられるようにするから」
 と細かい打合せをしている内にエレベーターは地下駐車場まで辿り着いた。
「ママから翔ちゃんに伝言あるようなら私を通してもらうようにするから」
「いいの?」
「薫はああ見えて凄く勘が良いの‥用心にこしたことはないでしょ」
「日頃滅多に会わないママから翔ちゃん宛てに頻繁に電話やらメールが来たら不味いでしょ」
「そうだね‥静さんの言うとおりだよ。俺も気をつけないと‥」
 そう言うと助手席の足元に土産の地酒を倒れないように横にして置く。
「じゃあ‥薫に後で連絡するから心配しないでって伝えてね」
「わかった‥静さんっ! 色々いっぱい迷惑かけて‥でもマジ助かった。ほんと、ありがとう」
 静さんは顔を赤らめて、
「大丈夫だから‥それより身体休めてね‥痛みはどう?」
「うん‥ちょっ痛いかな」
「そりゃそうね‥初めてだものね‥熱でないといいけど」
 静さんは怪訝そうに顔を曇らす。
「熱でたりすんの?」
「ええ‥人によってはね」
「何かあったら薫にばれない様に連絡して」
「うん‥わかった」
 そういうと運転席に乗り込みエンジンをかける。
 軽く窓越しにお互いに手を振ると、地下駐車場出口に向けて走り出した。
 その夜、山上から電話があった。
 兄貴に取り次ぐ前に湯布院に辿り着くまでの一連の苦労を俺なりに労った。
 電話の向こうで山上の照れる様子が語尾でわかった。
 どうかこの山上と兄貴が上手くいきます様にと願わずにはいられなかった。
 でも心の隅で、そう願う気持ちは藤堂に対する邪な気持ちからではないと自分に言い聞かすように打ち消した。
 明日から学校が始まる。また俺の普段の生活に戻るのだ。
 この三日間がまるで別世界で起こった出来事のようにも思えるた。
 だが確かに残る下肢の鈍痛がリアルにその出来事を蘇らせる。

 やばいよなぁ〜  『男 初体験』‥って日記には書いておこう‥って、書けねぁだろっ!

 俺は下肢の腫れに響かないようにうつ伏せになって眠りにつく。
まあ‥そのうち忘れるだろ‥と夢見心地の中、安易に考えていた。


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