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Majikaよ

第三章 その一 悪魔の足音

 あれから三週間‥。
 俺は普段通り学業に専念する日々を過ごしていた。
 学期末も終わり二学年の終業式も過ぎ、短い春休みは三学年進級組の中から更に進学特進コースの補修授業に充てられた。
 勿論、俺もそのメンバーだ。
 男バスも世代交代の三年生追い出し会なる催しもあり、結構忙しい毎日を過ごしていた。
 俺はその忙しさに乗じて藤堂の事は棚上げにしていた。
 兄貴は静さんの取り成しという形で晴れてママの許しを得て、翌週の月曜定休日明けの火曜日から出勤している。
 俺の方は静さんがママに上手く報告してくれたようだ。
 兄貴がいるのでママから直接連絡はないが、静さんが結果報告のメールをくれた。
 結局その後、奴がどうなったかは分からないままだ。
 なにせ兄貴に話を聞こうにも夜中過ぎに帰宅して俺の朝ご飯と弁当の支度を済ませると二度寝する。そのローテーションだと兄貴とゆっくり話しをするどころか顔を合わすことさえない
 最初の頃は藤堂の事が気になって、静さんにでも聞いてみようかと思ったが、逆に静さんから何も連絡がないと言う事は、『紫』という存在を上手く抹殺できたと言う事なんだと思った。
 それに俺がピンチヒッターをしたことは店では完全黙秘のオフレコになってるらしい。
 
 それと俺が一番懸念していた藤堂が兄貴と会えたのかどうか‥。
 いつもなら店にいい男が現れたら翌朝必ず大騒ぎで報告してくるのにそれは一度もなかった。
 奴の事だ、もしかして仕事が忙しくてあれ以来、一度も来店していないのかも知れない。
 今更気にしてどうすると思いながら頭からを完全抹殺できず、悶々とした日々を過ごしていた。

 だが、思わぬ所から情報が入る。

 それは月曜日の夕飯の時のことだ。
 今日は店が定休日なのだが、なぜか豪勢な食事を前に山上と俺と兄貴の三人が食卓を囲っている。
 なんでこういう事になっているかというと‥。

 遡ること‥今朝、登校前の事だ。
「翔ちゃん‥今日夕飯ね‥よっちゃんも一緒なんだけどいい?」
「ああ‥いいけど」
 俺はスニーカーの解けた紐を結ぶので忙しく上の空で返事をした。
 そして夕方帰宅したら、

 なんなんだ‥これは?
 盆と正月が一変に‥あっ、クリスマスまでオマケしたくなるくらいに豪勢なメニューだ。
 俺は目を白黒させながら何の記念日だったか‥俺に関係ある事だったら『超ーヤバイ!』と必死に思い出そうとしていた。

 俺の進級か‥でもそれだったら盆、正月程度だよな。
 あのでっけぇケーキはないだろ〜 待てよ、山上の誕生日っていつだ?
 いやいや、俺の時より豪勢って‥それは絶対ないな。
 じゃあー、いったいなんの日だ??

 結局何も思い出せないまま、兄貴が仰々しくこの晩餐の主旨を告げた。
「翔ちゃん‥急なんだけど‥私ね山上さんと結婚する事にしたの」

 へ‥‥‥ なに‥んっ?!

 俺は青天の霹靂なみの話にすぐ反応できず、呆けてしまった。
 兄貴は慌てて補足するように、
「あ、あのね。結婚っていっても法律上無理なんで、どちらかの養子縁組で同性を名乗るようにする予定なの‥あちらの親族の方にも話はしてあるのよ」
「‥‥」
 無反応なままフリーズしている俺に二人は一気に用件を捲くし立てた。
「それでね、お互いの親族同士で食事でもって‥ねっ? よっちゃん」
「ああ‥私の家族は正直諸手を上げてって訳じゃないんだけど、この前も言った様に反対はしてないんだ‥食事会も翔君が嫌なら‥止めてもいいし」
 相変わらず茫然自失で無言のまま俺に、遠慮がちに山上がお伺いを立ててきた。
 どこか他人事の様に茫然としていた俺も我に返り、
「ああ‥全然問題ないです。俺行きます」と慌てて返事をした。
「あ、ありがとう。翔君!」
 と山上は緊張していたのか俺の返事を聞くと一気に破顔して礼を口にした。
「こちらこそ、こんなどうしようもない兄貴ですが、末永くよろしくお願いします」
 今度は俺が緊張しながら、どこか父親の心境のような言葉を口にしていた。
「なにそれ! しようもないとか言うなっ!」
 兄貴は泣きそうな顔で、いつもの憎まれ口をたたく。
「とにかく話は終わり! 乾杯しましょ」
 と湿った空気が苦手な兄貴は明るく乾杯の音頭をとる。
 兄貴のはしゃぐ姿を前に一人蚊帳の外みたいに俺は冷静だった。 
 兄貴が結婚するって事は‥‥俺、一人ぼっちなんだ‥。
 そう思うと言い知れぬ寂寥感はあるのに、一番望んでいた形に収まった喜びとで相殺されたみたいでそれほど悲しくない。
 俺は急な話だったからか、正直まだ実感がわかないでいた。
 山上と結ばれたって事は藤堂はどうなったんだろうか。
 玉砕してしまったのか‥結局逢わず仕舞いだったのか‥。
 
 あれ‥なんでここで奴の事、思い出すんだ俺!
 今、一番場違いな存在じゃん。

 ファグラやキャビアって一度も口にした事もないような食材を前にしても上の空だった。
 そんな俺に兄貴がいきなりドキッとするような話を振ってきた。
「ねえ‥翔ちゃん、紫って名前の子、知らない?」
「え‥」
「あっ、ごめん、翔ちゃんが知る訳ないわよね」
 兄貴は見当違いの問いだったと慌てて話を引っ込めようとする。
「紫って子がどうかしたの?」
 なぜか山上は興味を示して聞き返した。
「ええ‥私が家出した日なんだけど。実はママの大事なお客様の接待を頼まれてたのよ。それで急遽私のピンチヒッターでママが頼んだらしいんだけど」
 全部話終わる前になぜか山上が食べ物を詰まらせ咽かえる。

 しまったっ! 

 そうだった兄貴が家出した日、ママが俺にピンチヒッターを頼んだとき傍に山上もいたんだった。
 すっかり忘れてた。よりにもよって一番自白しちゃいそうな男に大事な秘密を知られていた。
「よっちゃん‥大丈夫」
「ご、ごめん。いきなり気管に入っちゃって」
「慌てて食べちゃ駄目よ」
 そう言うと兄貴は甲斐甲斐しく山上の口元をナプキンで拭いてやる。

 うわぁ〜 甘ったるいチョコレートがどっぷり溶けまくりのバカップル!

 同居したら毎回こんなの見せられるのかと思うと違う意味で危機感がある。
「でっ?!」
 山上の質問に乗じて先を促した。
「ああ‥その子を見たお客がね。姿も神々しい絶世の美女だったっていうのよ」
「っ!」
 俺と山上は真相を知ってるだけに同時に視線を合わせ、驚きに固唾を呑んだ。
 自分の事だとわかってるので、そこまで絶賛されると妙に気恥ずかしい。
「でね‥ママにどこの店の子かとか聞くんだけど‥全然教えてくれないのよ」

 さすがママ プロの鏡!

「茜ちゃんとね‥どこの子か知らないけどお客取られないよう気をつけようねって」
「あ、そうそう茜ちゃんで思い出したわ」
「この前、藤堂っていうママから頼まれてた例の接待のお客様が来たのよ」
「え‥」
 いきなり『藤堂』という名前に心臓が鷲づかみされたようにドキッとする。
「大変だったのよ」
「な、なにが?」

 やっばり来店してたのか‥。

明かになる事実にその先を耳にするのが正直怖い。
「藤堂さんを見た茜ちゃんがいきなり抱きついてね‥なじみの客のいる前でブチューって‥」
「ブチュー‥って?!」
「たから濃厚なキスよ! キスッ!」
 兄貴はなぜか刷き捨てるように口にする。
 俺はその時点でいくつかの疑問が沸き、それを確かめずには入られなくなってしまった。だから静さんの名を借りて探りを入れてみた。
「え‥だって静さんから聞いたけど‥その客兄貴目当てだって‥」
「ええっ‥そうなの? でも私じゃなくて茜ちゃんだったみたいよ」
「そ、そうなんだ!‥兄貴じゃなかったんだ‥」
 確かに茜さんも売上げトップだよな‥俺は予想もしなかった事実に驚愕し、声が思わず上擦ってしまった。
「茜ちゃんね‥家族とけんかして何年もお家に帰ってないらしいのよ‥家族の人が連絡しても返事もしないで、それで店まで会いに来たらしいの」
「会いに来たって‥藤堂って人は家族な訳?」
 と山上が割って入った。
「ううん‥幼馴染なんだって 茜ちゃんから聞いたから間違いないわ」
「どうやら茜ちゃんのお母さんが頼んだらしいの‥まっ 実の兄弟でブチューッはないものね」
「育ちが良いんだろうなって思ってたけど‥やっぱ実家は相当な資産家らしいわ‥」
「本名がすごいのよ‥西大路重光/ニシオウジシゲミツ」
「なんか仰々しい名前だね」
 山上も感心するように相槌を打った。

 って! 人の事言えんのか! 板倉源三さん!

 物珍しさもあって茜情報を捲くし立てる兄貴の話も上の空で、俺は幼馴染でキスをする間柄のフレーズが頭から離れないでいる。
 それに兄貴は藤堂を見てどう思ったかも気になるところだ。
 どう見ても藤堂は兄貴のストライクゾーンのはずなのにそれが先ほどからおくびにも出さない。
 だが今ここでその話題に触れるのは幸せの絶頂だろう二人に水を差すようなものだと憚れた。
 聞く必要もないかと思っていたら兄貴の方からそれに振れてきた。
「それとね‥その藤堂ってお客様、すっごいいい男だったのよ」
「薫さんっ!」
 山上が咎めるように兄貴の名前を呼ぶ。
「よっちゃんったら‥やだぁ〜 やきもち焼いてるのぉ〜 馬鹿ねん」
 甘たるい砂糖菓子のような声音でそういうと兄貴は山上に抱きつく。

 おいおい!  いちゃつきキモード垂れ流しかよ。俺の前でそれ以上の展開はやめろっ!  このバカップル!

「へえー そんなにいい男だったんだ」
 モード解除を促すために話の矛先を元に戻した。
「そうなのよ‥見た目だけじゃなくて男が惚れる部類の極上の男だわね。‥まあ〜茜ちゃんと訳ありみたいだし‥どうでもいいけど‥ねっ! 私にはもうよっちゃんがいるから‥きゃっ」
「か、薫さん‥」

 あ〜あっ 山上さん‥鼻の下伸ばしちゃって! って、それ以上伸びてどうする!
 見てらんねぇ〜 そろそろ退散しねぇとヤバイかも‥!

「ごちそうさん‥俺、勉強あるから」
「はぁ〜い」
 ああー上の空かよ。
 どんな相手でも今まで弟優先だったのに変われば変わるものだ。
 そんなバカップルを後にして俺は自分の部屋へと消えた。
 部屋にはいるとベッドに体を投げ出すように仰向けに倒れる。
 さっき耳にした藤堂の事が頭から離れない。
 ゆっくり頭の中を整理したいのに気になるフレーズでシェイクされた感じで一向にまとまらない。
 取りあえず浮かんだ言葉を整理することにした。
 
 茜さんが本命。
 二人は知り合い。
 幼馴染でキスする仲。
 俺とは‥
 何故かパトロン契約。
 
 やがて関係性が結びつき、ここ何日も気にしていた案件が一気に片付いた。
 わかれば何の事はない。
 奴は茜さんに会いたくて来店していた。そして人前でキスするくらいだから恐らく相思相愛。
 他のお客の口から『紫』の話が出たが藤堂から出ていない。
 という事は本命の茜さんと逢えたから俺はもう用済みって事だ。
 
 なんだ‥本契約とかご大層な事いった癖に‥どうでもいい存在なんじゃん。

 なんか腹が立つより脱力した感じだ。
 あの二日間はなんだったんだろう。
 兄貴の家出がなければ藤堂と知り合うことはなかった。
 絶対交わることのない平行線の二人があの二日間で急接近し、それも普通では味わえないような初体験の連続だった。
 この先二度とこの平行線が交わることはないのだ。
 俺は雑誌などで奴を目にする事はあっても、向こうは紫というニューハーフには二度と会う事はない。
 だがあの二日間をなかった事には出来ない。この身体が痛みと共にあの極上の悦楽を知ってしまったからだ。
 そこに恋愛じみた感情が存在したかは分からない。
 だが男なら誰でもいいという訳ではないようだ。現に笹倉の時は嫌悪しか感じなかった。
 それに兄貴のように男性に目覚めたとも思えない。街角でイケメン連中を見かけてもなんの感慨もないし、セックスの対象なんてとんでもない。
 だが藤堂の事を考えると妙に熱っぽく身体が疼くのだ。

 これって‥やっぱ恋愛感情‥なのか?

「うおぉぉぉぉー」
 俺は奇声を上げると思いっきし頭をシェイクして有り得ないと打ち消した。
 どう考えてもあんな奴、好きな訳ない。
 男との初体験が本能のままに溺れて、猿並みに盛っちゃったからだ。
 そしてそれが忘れられないくらい強烈だったからだ。
 俺の勘違いだと思うことでこの居た堪れない気持ちを封印する事にした。


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