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Majikaよ

第三章 その三

 ウソだろ‥‥なんでここにいんだよ

 俺は我が目を疑った。長身で誂え物のダークブルーのスーツをきっちり着こなし、兄貴が絶賛するほどのいい男は俺の中では一人しかいない。
 
 藤堂だ。

 だけど笹倉といい、藤堂といい、なんでここで会ッちゃう訳!

 一難去ってまた一難‥‥二度あることは三度あるだ!

 だが藤堂は若い男の口元の腫れに気付くと、
「なんだ‥先に手を出したのは君か?」
 と、いきなり俺を非難がましい目で見た。
「ちがっ!」
 否定しようとする前に笹倉の連れの男は藤堂に抑えられた手を乱暴に振り払うと、
「離せよ! しらけんだよ、このボケがっ!」と悪態をついた。
 そして俺に眼を飛ばすと、
「おまえっ! 笹倉さんにちょっかい出したらただじゃすまねぇからなっ!」
 と棄て台詞を刷き棄てると肩を怒らせて出て行った。 
 
 誰がだすかよっ! こっちから願い下げだぜっ!

 奴が出て行った出入口付近を睨みつけ、心の中で毒づいた。
 だがこうなるといよいよ藤堂と二人きりになり、俺はマジ焦った。
、身の置き所もなく茫然と立ち竦んでいると、
「疑って悪かったな‥大丈夫か?」
 そういって俺の肩に振れようとした藤堂の手を思わず避けるように体を反らした。
「あ、ありがとう」
 咄嗟に口した言葉が焦りからか妙に上ずった。
「‥っ!」
 なにを思ったか藤堂がいきなり俺の手首を掴んできた。
 俺は意味も変わらず思わず身構えた。
「お前‥まさかっ!」
 と呟くと何か驚いたような顔で凝視する。
 その藤堂の尋常でない様子に俺は鼓動が跳ね上がった。。

 嘘!‥‥気付かれた?

「あ、あの‥離して‥」
 俺はいつもと違い、わざと怯える小動物の如く消え入りそうな声音で懇願してみせた。
 藤堂は一瞬我に返ったのか慌てて俺の手首から手を離した。
「す、すまない‥」
 心臓が高鳴り、握られた手首が訳の分らない熱を孕む。
 藤堂の前だというのに無用心にもほどがある。
 俺の声は男性にしては高い上に、皆と違って少し特徴があるらしい。
 クラスの雑踏の中でも声だけで俺がいると分る程だ。
 さっきも笹倉にバレないように出来るだけ声を低くして挨拶した。
 まるで別人のように厚化粧していたし、外見からはバレないと思うがこの声だけは自信がない。
 藤堂もなにか感づいたのようだ。
 俺はどうにかこの場をやり過ごそうと躍起になった。
 取敢えず奴がどのくらい疑っているのか様子を見ることにした。
 下手に動くと墓穴を掘るかもしれないと静観する事にした。
 俺はなるべく冷静さを装い、奴の出方を待った。
 
 だが、その緊張した空気は突然の来訪者でいきなり解かれた。
 出入口のドアが バンっ と、勢いよく開かれ、
「征哉!」
 と藤堂を呼び捨てにし、男性用トイレに乱入してきたのはなんと華奢な美女だった。
 スレンダーなボディーに少し派手なフリフリのピンクのワンピ姿の女性は、見かけより豊満な胸を揺らし柔らい髪質で軽い大きなウエーブがより可愛く見せた。
 彼女は藤堂の傍の俺に気付くと、
「あれぇ〜 翔ちゃんじゃない?」
 といきなり名前を呼ばれ、俺は驚愕するとその知り合いらしい美女を凝視した。
「もしかして、茜‥さん?」
 確かに見覚えはあるが、もしかしたら人違いかもと疑心暗鬼で気持ちで尋ねた。
「やんっ、覚えててくれたんだぁ〜」
 店で会ったのは数えるほどだ。あの頃より一段と女性らしくなってすぐにはわからなかった。笹倉が茜さんの事可愛い部類だと言っていたのが今ならよくわかる。
 この人は外見もだが、性格も実に乙女ちっくなんだ。
「シゲ‥顔見知りか?」
 それまで達観していた藤堂が口を挟んできた。
「やだぁ〜征哉! その呼び方やめてっていったのにぃ〜」
 その鼻にかかる甘えた声音は俺との会話にはない色気を感じた。
 兄貴が言っていた二人の只ならぬ関係とやらの話を思い出す。
「いちいち面倒だな‥茜でいいのか?」
 藤堂の問い掛けに茜さんは大きく頷いた。
「それで、彼とは知り合いなのか?」
 面倒臭そうにしながらも声音は優しい。
「ん‥翔ちゃんはね‥征哉、薫さんって店で会った事あるよね?」
「ああ‥店で茜と売上げ競ってるという‥綺麗な人だろ」
「そ、超絶美人の薫さん。翔ちゃんはその薫さんの弟なの」
 藤堂はなるほどと頷くと俺の方を向いた。
「ところで翔君といったかな‥君は‥笹倉と知り合いなのか?」
 何か含む所があるような言い方はまだ疑っているのか?
 もしかして笹倉の話を持ち出して核心に迫ろうとしているのか。
 だが、その名前にいち早く反応したのは茜さんの方だった。
「げっ! 笹倉いんの?」
 先ほどの鈴を鳴らしたような声ではなく蛙を踏み潰したような声音だった。
「なんだ‥茜も知っているのか?」
「そういう征哉だってなんで知ってんの?」
「この前、『バカンス』で笹倉とちょっとした小競り合いになったんだ」
「ああ‥もしかして『紫』って子がらみ?」
 俺は『紫』の名前に心臓が鷲掴みされたくらい驚いたのだが、それ以上に茜さんの刷き棄てるような言い方が気になった。
 だが藤堂の口から『紫』の事を何か聞けるかも知れないと妙に期待した。
「ああそうだ‥でっ? 茜は?」
 藤堂は茜さんの不機嫌さを感じて、紫の話を打ち切るように笹倉との関係を尋ねた。
 どうやらその先の展開は期待できそうにない。。
「笹倉はね‥茜の店での常連さんなの‥でも大っ嫌いな奴!」
 これには驚いた。お気に入りの常連だと聞いていただけに意外な事実だ。
「爬虫類みたいでぇ〜 そうそう蛇みたいに狡猾で気に入らない事あると暴力振るうの!」
「暴力だと! 茜、奴になにかされたのか?」
 血相を変えて心配してくる藤堂に気を良くしたのか茜さんは満面の笑みで答えた。
「大丈夫よ‥私じゃなくてヘルプについてくれた子がね。私が席を空けてる時に何が気に入らなかったのか顔面を殴ったの‥」

 うわぁ〜  マジかよ  ひでぇ奴だと思ってたけど最悪じゃん!

「だがそんなことしたらあのママが黙っていないだろっ」
「そうなの‥でも笹倉の奴!口封じのためにあっさりお金でケリつけたの」
「シゲは大丈夫だったんだな」
 藤堂は念を押すように尋ねる。茜は禁句の名で呼ばれ瞬間むくれた表情をしたが、心配している様子に気を取り直して苦笑しながら、
「うん‥笹倉はね弱者には強くって、権力には滅法弱いのよ‥だから私の実家の事知って媚は売っても決して手は出さないの」
「最悪だな‥」
 藤堂は軽蔑しきった顔で刷き棄てる。
「そっ! ろくでもない奴よ‥でっ? 翔ちゃんはなんで知ってんの?」
 といきなり藤堂ではなくて今度は茜さんから振ってこられ、俺はなんの心の準備も無かったので慌ててしどろもどろになる。
「あの、お‥」
 オレと言いかけて‥このまま素で対応したら『紫』とキャラがかぶってしまうと瞬時に危惧した。笹倉だけでも充分面倒なのに、この上藤堂にまでバレては一大事だ。
 考えた末、俺は自分と真逆の性格を演じることにした。幸い茜さんとは俺の性格まで知っているほどの面識はない。全てにおいて好都合だった。
「僕はその人とはさっき会ったばかりで‥一緒にいた兄の知り合いだったみたいです」
「えっ 薫ちゃんも一緒なの?」
「あっ は、はい」
 おとなしめで覇気がない低音で答える。
「なんだそうなんだぁ〜 ふ〜ん 薫ちゃん来てるのかぁ〜」
 茜は意味深な言葉尻はあるものの事の真相がわかったと納得したようだ。
「はい‥さっきの人も僕と兄を勘違いしてるんだと‥思います」
「そうか‥人違いか‥いやっ引き止めて悪かった」
 藤堂も語尾に躊躇うような感はあったが、どうやら納得してくれたようだ。
「いえ‥こちらこそ助かりました」
 俺は小さく会釈するとそそくさとその場を立ち去った。
 後ろで茜さんの甘える声が微かに聞こえた。

 やっぱあの二人‥。

 二人から遠ざかりながらぽっかりと空いた空洞。
 胸がはらはらと妙にざわめく。
 今頃になって藤堂に会った動揺が押し寄せてくる。

 ふんっ! なにがパトロン契約だっ! 契約違反じゃん

 所詮口約束だと自分に言い聞かせる。
 だが、あのとき「たかが口約束と侮るな」と言ったのは藤堂だった。
 
 反故にしたのは‥俺じゃない‥あんただ

 この高ぶりとどこから来るのか分からない熱の在り処。
 藤堂の中で『紫』は既に消滅されてしまっているのに‥。
 それに二人の親密さは兄貴から聞いた通りだった。
 おまけに笹倉との関係に異常な程の反応を示し、その執着ぶりが分る。
 でも‥『紫』とその名を藤堂口から聞くことが出来た。 
 もしかして‥少しは気にしてくれてたのかな?
 
 契約したもんな‥すっげぇ短かったけど‥。

 あの晩の成り行きを思い出し思わず苦笑した。
 あれきり姿をくらましてしまったのはこっちだし、解消を告げる事もできなかったもんな‥。これって契約違反じゃなくてクーリングオフだよな。
 
 もう‥逢えないんだし‥。

 ふと唇を指でなぞっていた。あれから妙に癖づいてしまったと苦笑する。
 俺は兄貴と山上さん家族が待っている部屋へと急いだ。


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