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Majikaよ

第三章 その五

 今、何時だろう‥。
 泥パック‥顔フェイス‥酸素パック‥痩身マッサージ‥。
 はぁ〜 さすがに疲れた。
 メイクが最後の仕上げらしい。

 既に白の総レースのロングドレスに包まれ、地毛と同色の綺麗に整えられカールしたウィッグで仕上げ、頭上にはイミテーションのティアラ。
 そして今、鏡の前で念入りに化粧されている。

 なんか、めちゃゴージャスなんですけど‥花嫁みたくねぇ‥これって。
 それにギャラリーが何気に増えているような気がする。

「すごいね‥女優さんみたい」
「肌も綺麗だったのよ‥」
「ええっ!‥男の子だよね‥うらやましいぃ」
「若林さんもなんか気合入ってるよね」
「この前の雑誌撮影のモデルさんより綺麗じゃない〜 そりゃあ気合入るよ」
 ギャラリーのエステシャン達の囁き声が緊迫した空気にのって聞こえてくる。
 それよりヘアメイクを担当しているお兄さんの鼻息がなんか荒くて、大丈夫かよと心配になる。
「若林さん、ルージュはバイオレッド? それともワインレッドにする」
「雪の女王ならバイオレッドなんだけど‥この雰囲気だとワインにしてみたいわよねぇ〜」
「どっちも似合うとは思うけど‥俺はワインにしてみたい」
 と、メイクをしているお兄さんは自分の好み?を主張する。

 ギラつかせて言ってんじゃねぇよ‥ どっちでもいいじゃん

 ばっちりメイクも終わった所に、笹倉がやってきた。
 若林さんが前以って経過を報告していたらしい。
「おやおや‥やけにギャラリーが多いですね」
「ええ‥申し訳ありません。あんまり甥御様が御綺麗で‥」
 そう言うと一斉にギャラリーを部屋から追い出した。
「それでご相談なんですけれど‥宜しければ写真を撮らせて頂けないでしょうか? 先ほどマダムからも進言がありまして笹倉様にご同意願いないかと‥」
「それは困ります‥大事な甥を世間に晒す訳にはいかない」
 と笹倉のムゲも無い断りに若林はすっかり言葉もなく意気消沈した。
「‥そうだな‥個人的にお願いしよう」
 だが何を思ったか笹倉は写真撮影を許可する。
「え、いいですそれで! すぐ用意しますんでっ!」
 若林は嬉々として慌ててカメラを用意する為部屋を出た。
 笹倉は俺の側まで近づくと腰を屈め耳朶に、
「実に綺麗だ‥ゆかり」と、囁かれ、ゾワっと全身に鳥肌が立つ。

 ちょっ その呼び名ここですっかよっ!

 思わず抗議の目線で上向くと、いきなり顎をつかまれてブチュッと唇を奪われた。
 俺もだが、側にいたヘアメイクのお兄さんも驚きのあまり愕然としている。
「パーティーが楽しみだ‥君、すまないがルージュを直してくれたまえ」
「あ、それと他の色にしてくれ、この色は魅惑的過ぎる」
 何事もなかったかのように淡々と告げると自分の唇についた口紅を側にあったティッシュで拭き取った。
「あ、はい」
 唖然としていたお兄さんもすぐに我に返り、慌てて準備にかかる。

 嘘だろ!  人いんだぞっ! 普通、甥にキスするかよ! 

 俺はメイクのお兄さんの手前、非常識極まりない笹倉に切れた。
 手先を震わせながらも指示通りメイクし直したところへ若林が意気揚々にカメラを手に部屋に入ってきた。
「それじゃー まず立ち姿を‥」
「いや‥写真は一枚だけでいい」
「えっ?」
「私とのツーショットを頼む」
 若林は一瞬ショックから茫然としてしまった。
「それはデジカメ?」
「はい‥」
「そう‥ではこれを使ってくれないか」
 そう言うと徐に内ポケットから奴の用意したデジカメを差し出す。
「えっ?」
「そちらで用意したものだと後でデーター編集できるだろ?」

 ゲっ 相変らず用心深いのか単に底意地が悪いのか呆れる。

 しかし直ぐに気を取り直して苦笑しながらも言われるままに椅子に座った俺の横に立つというポーズのツーショットをカメラに収める。
 だがいざ撮影というところで、
「あれ、ルージュ変えた?」
 口紅が変った事に気付き、若林はヘアメイクのお兄さんに確認すると、
「あ、笹倉様のご指定で‥」と、少し罰が悪そうに答えた。
「あ‥そう‥」
 クライアントの意向では仕方ないと取敢えず納得して撮影する。
 俺はすっかり期待を裏切られ意気消沈している若林さんを気の毒に思い、
「叔父さん‥一枚だけならいいよ‥若林さんにあげてよ」
 俺は相変らず底意地の悪い性格の笹倉に疲弊しながらそう進言した。
「‥お前がそういうならいいだろう」
 にやりと嘲笑する笹倉は恩着せがましくそう言い放った。
「あ、ありがとうございます」
「ただし君個人にということだ! 複写・転用することは絶対ゆるさない」
 その冷徹なまでの口調に思わず若林はビビって、
「も、勿論です」と声を震わせる。
 すると横から、「俺も!」と、ヘアメイクのお兄さんが懇願してきた。
 笹倉の目が一瞬獲物を捕らえたように光ると、その男に近づき耳元でなにやら囁いた。
 お兄さんは何か納得したというように大きく頷く。
 なんの内緒話かは大体想像がつく。
 先ほどの口止め料の交渉だろう。実の甥にあんな事したとあってはかなりのスキャンダルだ。
 俺は立ち姿と椅子に腰掛けたのと二枚をデジカメに納めた。
 後日プリントアウトして送ると約束すると、遠巻きのギャラリーを後にしてサロンを後にした。
 そして目の前の既に用意していた停車中のハイヤーに乗り込んだ。
 隣に乗り込んだ笹倉が笑いを堪えるように肩を震わせる。
 俺はその笑いの原因に大体の予想は付いていたので敢えて無視した。
 横目でそんな俺を嘲笑うかのように、
「君はヘアメイクをしたあの男までたらし込んでしまったようだね」
「‥んなっ! しらねぇよ」
 俺のいつもの口調に笹倉は露骨に怪訝な顔をした。
「一つ忠告しておく‥これから行くパーティーでその口調は厳禁だ」
 そう奴に注意され、俺は生意気な口調を一度も咎められたことがないのに気が付いた。
「へえー パーティー限定なんだぁ〜。じゃあー、日頃はいいのかよ」
「私は‥君のその生意気なところも気に入っているのでね‥やり込められて凹む落差がたまらない‥からね」
 そういうとあのねっとりした視線が俺の体に絡みつき、思わず悪寒が走る。

 俺はつつかれキャラかよっ! ふざけんなっ!

 車は各国の大使館が居並ぶエリアの中の閑静な高台に位置するホテルの地下駐車場で停車する。
「例のものは?」
「こちらです」
 そういうと運転手から紙袋を受け取り、中からマントと仮面を取り出す。
 車から下車する前にそれを装着する。どうやら奴の扮するものはオペラ座の怪人‥ファントムらしい。
「会場までは直接エレベーターで移動する‥気をつけて降りなさい」
 そういうと先に下車して俺に手を貸す。
 仮面をつけると細い目が強調され不気味さが益々パワーアップされたが、一応態度も口調も紳士的である。
 長いドレスの裾を踏まないように奴の差し出してきた腕に不本意だがエスコートされ、エレベーターに乗り込み会場入り口まで移動した。
 広いフロアーには様々な仮装で色とりどりの衣装を身につけた招待客でひしめいていた。
「いいか、私から決して離れないように‥」
「なんだぁ、それっ!」
 奴に忠告された厳禁の口調だが、態とそう言って毒づいた。
 だがその意味は直ぐに分かった。
 奴に声をかけてくる知人や周りの人々の言葉がすべて外国語。
 大使館でのレセプションからの流れで、隣接のホテルで仮装パーティーなのだから招待客の殆どが各国の関係者だということだ。
 英語はもとよりフランス、イタリア、スペイン、中国、エトセトラである。
 全てに対応している奴はマルチリンガルな国際人だった。
 俺は精々片言の英語くらいだ。
 嫌な奴のイメージしかないが、こういう場面に出くわすと妙な気分になる。
 そんな俺の様子にいち早く気付いた奴は、
「なんだ‥目の色が変わったな」
 揶揄い口調でそう言った。
「いや‥なんかペラペラですごいなって‥」
 嫌味などではなく素直にそう告げた。
「君の担任からいかに優秀な学生か聞いている。語学なんて直ぐ身に付く。それに君への投資は惜しまないつもりだ」
「投資?」
「ああ‥ちなみに君の頭上に輝いてるティアラは私の祖母のものでドイツの社交デビュー時のものだよ」
「え、本物?! いいのかよ持ち出したりして」
「おいおい、盗んできたみたいな言われようだな。私は祖母のお気に入りでね。亡くなる前に彼女から譲り受けたものだ‥」
 そう口にする奴は遠く昔を回顧するように仮面から見える瞳は優しく弓なりに細められた。
 祖母を思い出したのだろう、信じられないような奴の意外な一面に驚く。
「あんたも好きだったんだ‥その‥おばあさんのこと」
「ああ‥大好きだったよ‥その醜い容姿も含めて!」
 最後の語尾が棄て台詞のように聞こえた。
 同時に優しい眼差しは一変して元の狡猾で意地悪そうな釣り目に変貌した。
「醜いって‥」
 俺は奴の祖母に対する言葉とは思えない酷い言い方に閉口した。。
「祖母はその容姿から‥実に不幸な人生だったよ」
 全てを語ろうとしない奴のその真意となにか関係があるのだろうか。
「不幸って‥なんで」
「もうその話はいいっ!」
 更につっこんで聞き出そうとした言葉は強い拒絶にあった。
 そして再び別の招待客から声をかけられ話は断切れた。
 本当に交友関係が多いんだなと感心していると、
「しつこい連中だ! 切っても切っても沸いて出る!」
「しつこいって‥顔見知りなんだろ?」
 あんまりな言い草に指摘すると、
「知り合いなどいるものか! それに何を呑気な事を言っている‥皆お前目当てで声をかけてきてるんだぞ」
 と履き捨てるように奴は声を荒げた。
「へっ?」
「なんだ気が付いていなかったのか」
 笹倉は呆れかえる仕草で頭に手をやる。
「言葉わかんねぇもん!」
「はっ! 知り合いの息子だと正体を明かしても顔色一つ変えない‥男でも触手対象という事か‥いいか私から離れたら餌食になるぞ!」
「餌食‥‥なにそれ?」
 笹倉の言っている意味がわからず反発した。
「男だと言ってるのに紹介しろと声をかけてくる連中だ。目を離した隙に拉致してレイプされかねないぞ」
「っ‥!」
 紳士淑女のセレブな連中でもそんな卑劣な事するのかと驚愕する。

 ってか! あんたも同じムジナだろっ!

 自分の事棚に上げてよく言うぜと内心毒づいた。
 だがそう聞いて見方を変えれば奴の言ってる意味がよくわかった。
 声をかけてくる連中を観察してみれば、笹倉と言葉を交わしながらもチラチラと俺に目線を合わそうとしてくる。さっきの奴なんか離れ際にウインクしてきた。
 俺が呆れ顔でいると、
「まあー、注意を惹いても仕方ないか‥この中で紫は軍を抜いた美しさだからな‥」
 自慢げにそう口にする笹倉。
 これが笹倉の言っていた余興ということか‥俺を見せびらかして声をかけてくる連中に対しての優越感。
 自意識過剰かも知れないが、サロンで鏡に写る自分自身に驚愕した。
 黒や赤と派手な原色のドレスもそれなりに似合っていたと思うが、この総レースの真っ白なドレスとプロのメイク。
 いままで施されたメイクがなぜか男なのに無理に女性的に魅せようとした派手な化粧で、まるで媚を売るような下卑た感じに思えた。
 今の俺はまさに男女の区別のない中性的な雰囲気をそのままに、美を追求した究極の世界を醸し出している‥ような気がする。
 体のラインも無理なくスレンダーのままに背中を見せる深いカットソーも自分では見えないが、レースの白さに負けない位の透明感のある肌の白さがカバーしている。
 元の素材というよりプロの仕事に感服した。これだと同級の野々宮だってこの位の変身はお手の物だろう。
 俺が面白おかしく思考を巡らせていると、いきなり肩に回された奴の手に力が入る。
 何事かと目を見張ると、
「やっとお出ましか‥」
「紫、待たせたね‥そろそろ余興を始めるとするか」
 笹倉はニヤリと笑うと本来の目的を告げらた。

 え、余興って! なに‥これからかよっ!

 何が始まるのかと固唾を呑んでいると、笹倉は俺を誘導するように、真っ直ぐに目の前のカップルに向かって歩き出した。


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