「僕と征哉は従姉弟で幼馴染なんだ‥初めて会ったのは僕が五歳で征哉が十歳‥」 「まだ十歳なのに妙既に大人びてて、僕なんかまるっきり子ども扱いで相手にされなかった。いっつも執事やら家庭教師なんかの大人達に囲まれていたからだろうな‥」
茜さんは昔を懐かしそうに回顧しているからか、いつものおねぇ言葉ではなく、すっかり男言葉になっていた。 俺は軽い気持ちで関係を仄めかしたのだが、こんなに深刻な話になるなんて予想もしなかった。 「向こうは本家でこっちは分家と格が違ってたけど‥毎年、年賀には親族一同が集まるしきたりなんだ」 「分家の中でも僕は征哉に気に入られてて、めちゃくちゃ甘やかされて可愛がって貰った。年は離れてたけど僕みたいな子供が周りにいなかったからなんだと思う」 「毎年夏と冬の休みに藤堂家の別荘に招かれてた」 「別荘はあちこちあったんで、毎年違うところで過ごしたんだ。特に夏休みは一ヶ月近く一緒にいられた」
あちこちあんのかよ‥さすがセレブってか。
「中学1年の冬休みだった‥今年も呼ばれるものと思ってたら誘いがなくて、仕方なくこっちからカナダの別荘まで無理矢理おしかけた」 「そのとき征哉は高校生でさ‥半年見なかっただけなのすっかり変わってて‥呼ばれなかった訳も直ぐわかった」 「‥彼女がいたんだ」 一呼吸置いての茜さんの発言に俺は何故か胸の辺りがざわついた。 「僕‥凄くショックで‥それで初めて分ったんだ」 そういうと俺を真直ぐに見つめた。 その茜さんの真剣な眼差しに思わず緊張が走る。 「征哉の事『好き』って気持ちがラブの方だとね」 「征哉達の仲良さそうなの無視して、何日も図々しく居座ったんだけど‥」 「さすがに部屋へ二人が入ってくとこ見ちゃったりすると妄想で頭奇怪しくなっちゃって‥だからって男の僕がどうする事もできないだろ。やりきれなくて‥結局その場逃げ出すしかなかった」
その気持ちなんかよく分るんすけど‥ あんたら見てたのと立場一緒だもんね‥なんか複雑。
「それからは年に二回しか会えないっていうのに僕から避けるように別荘にはいかなくなった」 「僕‥征哉だけにそういう気持ちになると思ってたから、人並みに他の人と恋愛でもしたら忘れられると思ってトライしたんだけど‥あはは」 その渇いた笑いがなぜか兄の苦労の道のりと重なり切なくさせた。 「自分がそういう性分なんだって高校のとき気が付いたというか悟ったというか‥」 「何度も征哉の事あきらめようって、それなりに恋人もいたし‥」 「だけどその恋人が男だって親に知られて、修復できないくらい揉めちゃって家出して‥連れ戻されそうになったけど抵抗して‥」 「それでとうとう僕の両親が征哉に頼んだんだ」 「最悪だったよ。彼氏といるところに乗り込んでこられて‥決定的瞬間ってやつ?」 「正哉の顔みれなかった。なんかこう‥‥心がさ‥グチャって音立てるみたいに押し潰された感じ。泣きたいのに涙も出ないんだ」 「とにかく家に連れ戻そうとする征哉とはどこまで言っても平行線で、そのうち彼氏の方が嫌気が差して出て行っちゃった‥笑っちゃうよね。征哉ったら彼氏になる気もないのに人の男追い出すんだもん」 「でね‥」 茜さんは何かを言いかけて、それを躊躇うように急に押し黙った。 「‥?」 「どうしても家に連れて帰りたかったら僕を抱いてみろって、抱いてくれたら帰ってもいいよって‥条件突きつけたんだ」 「え‥」 黙って聞いていた俺は思ってもいなかった話に驚愕し唖然とした。 そんな俺の顔を見て茜さんは自虐的に笑った。 「驚くよね‥勿論、征哉は抱いてくれたよ‥約束通り」 茜さんを抱いたと聞かされ俺は愕然となった。 節操なさ過ぎだろ! いいのかよそんなんで。 と悪態をつくものの、同じように奴に抱かれた俺の場合はどうなんだろうと一瞬頭を過った。。 「でもそれだけだった。家に帰ればそれっきり‥その気になって煽りまくってすっかり征哉もと思ってたら違ってた」 「ずごく惨めだった。それ以上に卑怯な自分が許せなくって、消えてなくなればいいって‥また家出!」 「ふふふ‥笑っちゃうだろ! 二十歳も過ぎて大人のする事じゃないよな。拗ねて家出してまた呼び戻されて、その度に征哉が迎えにきて抱いてもらって‥」 「‥‥」 延々と続く茜さんの話に俺はすっかり後悔していた。心情をここまで告白されるとは思っていなかった。 それに‥茜さん、なんか話が痛くて‥笑えないよ。
「それ何度も繰り返して何度も肌を重ねてたらその気に、本気になるんじゃないかって期待するようになって‥」 俺は自傷気味に語る茜さんに、「今度も?」と思わず尋ねしまった。 茜さんは一瞬驚いた顔をしたが、「え‥‥うん、そうだよ」と答えて何故か視線を反らせた。 その仕草が妙に気になったが、露骨に聞いたから単に答え難かっただけかとも思った。 「征哉が中々彼女作んないのってもしかして僕のせい?って自惚れちゃったりして‥それでも彼氏にはなってくんない。救いようのない馬鹿だろ」 自傷気味に語る茜さんはなにか誤魔化すように話を進めた。 なんだか意図的に話題を変えたようにも見え、さっきの違和感が拭えなくなった。 だがそんな事より俺には茜さんの健気さが兄貴とリンクして他人事とは思えなかった。 好きになってもしょうがない相手を好きになって、最後に泣くことになる。そんな成就しない恋愛を繰り返してきた兄貴。 「俺、思うんっすけど‥藤堂さん跡取りなんですよね」 「ああ、そうだけど」 俺の突拍子もない話に茜さんは怪訝な顔をした。 「俺の兄貴の今までの彼氏もそうだけど‥長男気質って、家名っていうか家が一番大事じゃないですか。やっぱ世間体に縛られてるっていうか‥茜さんと公にそういう関係になれないだけで、その気がない訳じゃないんじゃないですか」 俺の大胆な予想に茜さんの顔色が一変した。 自分でも何でそういう話をしようと思ったのか分からない。。 ただ茜さんの一途さが兄貴の今までの恋愛事情とリンクして、俺は傍観者の立場でそれを冷静に判断してしまったのだ。 藤堂が茜さんの事をどう思ってるのかなんて俺にはわからない。 でも何の根拠も無しに口にした訳じゃない。 気持ちのない相手をいくら懇願されたとはいえ、何度も抱ける訳がない。 そして条件反射の如く、何度も兄貴を慰めてきたように茜さんにも同じ行動をとってしまったのだ。 「やっぱそうかな‥家が家だからその手の抵抗は覚悟してたけど‥やっぱそれがストッパーになってんのかな」 すっかりその気になってきた茜さんに、 「そうですよ‥でなきゃ家出の度に迎えにきてエッチできる訳ないじゃないですか」 と励ましてしまった。
くぅぅぅぅ俺って馬鹿っ!‥なに応援してんだ!
と、自爆気味な気分になった。
「そ、そうだよね! 嫌がられた事ないし‥でもじゃあなんで家出しないと抱いてくれないんだろ? バレないようにエッチしてくれてもいいのに‥」 と矛盾をつかれた。
そこまで知らねぇよ! 本人に聞けっ!
「照れてんじゃないですか? そういう名目でもないと出来ないとか‥」
照れるなんて‥‥あの男には一番似つかわしくない言葉だよ。
と、自分で振っておきながら内心悪態をついた。 「やっぱりぃ、そうかな〜‥」 頬を染めて満更でもない顔の茜さんはいつの間にか元の言葉遣いに戻っていた。 惚気話にしか聞こえない話を散々聞かされて毒気を抜かれたような俺は、二人を頭の中から秒殺したかった。 「ところで翔ちゃんは? 征哉の事どう思ってるの? まだ聞いてな〜い」 茜さんはいつもの緩い喋りで核心を付いてきて俺はまるで冷水を浴びせられたように鼓動が跳ね上がった。 「お、俺? どうって‥兄貴の代役だし‥」 「だいたい『バカンス』来たのだって茜さん目当てだったんだよね。兄貴から聞いたけど‥」 と、しどろもどろになりながら俺は動揺を必死に誤魔化した。 「まあ〜、興信所使って居所分かってたみたいだから‥そろそろ征哉が来る頃からなぁ〜って思ってたけど」 「でしょ! なんもないですよ俺とは!」 本当は色々あったけど知られる訳にはいかない。こうなったらシラを切り通すしかないと腹を括った。 だって奴とは誤解されるような事にはなってないから。 「ごめんねぇ〜 翔ちゃん気分悪くしちゃった〜」 と、茜さんは得意の上目遣いでご機嫌伺いをしてきた。 兄貴とはまた異なる悩殺ポーズにクラッと来ない奴はいない。大抵の男なら鼻血ものだ。 同じ同性とは思えないくらい可愛い。 こんなに可愛いんだから‥そりぁ〜せっせと迎えに来るだろうし、『抱いてぇ〜』なんて甘えられりゃ〜一発で堕ちるだろ。 俺は鼻の下が伸びきってる藤堂を想像して思わず苛っとした。 くそっ、もう限界だ! 何に対して限界だと思わず突っ込みたくなるが、全部だ! 何もかも一切合財、超ー、面倒くせぇ〜
「あ、俺‥下に人待たしてるんだった!」 俺は取ってつけたように用事を思い出した素振を見せる。 早速効果覿面で茜さんは話を切り上げてくれた。 「ええー、ごめんねぇーこれ渡すだけだったのに長居しちゃって‥茜、もう帰るわ」 「ああ‥俺もCD持ってかないと‥えっと、お茶も出さないで立ち話させちゃって」 俺は、茜さんに玄関前で立ったまま対応してしまったと今頃気がついた。 「全然大丈夫だよぉ‥それより私の愚痴聞いてもらったみたいで‥翔ちゃん、ごめんね」 「全然問題ないっす‥」 茜さんはにっこり笑って、 「それじゃ〜 これで帰るわ‥またね翔ちゃん!」と可愛く手を振る。 「あっ 態々これ、ありがとうございました」 俺はそう言うと袋を上げて見せた。 「ううん‥私もよく利用してる店だから、店長の若林さんがね『大事な教材も入ってるみたいだから』って急いで持ってきたの」 俺は何気に口にした茜さんの一言に疑惑を抱いた。 「え、俺と茜さんが知り合いってなんで分ったんですか?」 と、直ぐに問い質した。 「ああ‥あの店笹倉さんの紹介だったんだけど‥私が来店したら言付けてくれって頼まれてたらしいのよ。それで昨日来店したら若林さんから早速頼まれたって訳」 茜さんの話から俺はある事に気がついた。 それって笹倉の奴が茜さんが紫に扮している俺が翔って分ってて言付けたって事だ。 それは取りも直さず笹倉と茜さんが通じてるって事? それじゃー笹倉に教えた店の子って‥茜さん? でも利害が一致って‥。え、もしかして‥藤堂? 藤堂が俺の事調べてるっていうの気にしてたし実際エッチもしちゃってるから、もしかして茜さんなんか勘付いて‥。 いや、まさか‥でも全て辻褄が合っちゃうよ‥マジかよ!
ママを裏切っていたなんて信じたくない。 結局、怖くて真意を確かめる事が出来なかった。 そのまま玄関前で別れて俺は部屋の中へCDを取りに行き、玄関のドア側にあった桃が入った袋を手に待機している車まで急いだ。
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