俺はあのまま意識を手放してしまったらしく、いきなり秘所にヒヤッとしたものを感じると同時に覚醒した。 「気が付いたか? 坊主」 声をかけてきたのは例のサングラスの男だった。 「一応始末はしておいたが、シャワーもないし軽く拭く程度だから気持ち悪いだろうが向こうにつくまでの辛抱だ」 俺は着崩れていた衣服が元通りになっているのに、驚くとともに身奇麗にされた一連の所作に急に羞恥を感じ身の置き場のないまま体を竦める。 「おいおい、まさか初めてなんて事ないだろ‥」 勿論初めてではない。 ただ、笹倉との事や後始末を知らぬ間にされていたショックが俺の形相を変えていた。 男はその反応を初体験と思ったらしく、 「まさかだろ! 相変らず無茶苦茶な人だなぁ〜 んで国外かよ」 と、笹倉に対して悪態を付いているようだ。
‥笹倉に犯られたんだ。 変な薬使われたとはいえ抵抗する事もできないまま あいつの恐怖の戒めに負けたんだ‥‥。 おまけに拉致監禁された上に‥国外に連れて行かれる。 今も充分救いようのない現状だが、これからどうなるんだろう‥。 その底知れぬ不安は男の話の続きで益々現実味を増した。 「笹倉さんもなぁ〜 夢中になってるうちはいいが飽きたらポイッだからな」 聞かずにはいられない一言に、 「え、飽きたらポイッて?」と俺は聞き返した。 「ああ、そのままだ! 飽きたら男娼として店に出すようになる。使い物になるまでな」 「使い物って?‥‥」 「ああ‥女ならともかく一日に何人も客とるとなったら正気じゃいられねぇだろ。いうことを聞く様に薬漬けだ。そんで、次第にここが犯られる」 そういうと頭を人差し指で指し示した。
一日も何人もって‥‥ マジ?! それに薬って‥昨日使ったやつの事? 昨夜の薬のせいかまだ体の火照りが残存し、意識はまるで霧がかかったようにボーッとして時々思考が遮断されている。 体が異様にだるく、気分は最悪だ。 ポーッとしている思考回路は時折、昨夜のおぞましい感覚がフラッシュバックのように襲ってきて頭の中をミキサーで掻き回されたようになる。 なんか‥吐きそうだ。
「こっちから何人も送り込んでっけど‥ぞっとするほど悲惨だぜ。ボロボロの薬中であげく自殺だったり、ラリったまんまおっちんで路上に捨てられ、あげく身元不明で処分ってな。そうそう‥折檻で犯り殺された奴もいたなぁ〜」 男はそんなおぞましい話を淡々と口にした。 「坊主も笹倉さんにあんま歯向ってると地獄みる事になるぜ‥あの人は俺らみたいなその筋のもんでも敬遠してぇくらいヤバイお人だからよ」 「まぁ、まず逃げようなんて思わない事だな‥これだけの器量だ。上手くすれば大事にしてもらえる」 そういうと立ち上がり、 「出航までまだ時間がある。なんか腹ごなししねぇとな‥食いたいものあるか?」 「ってもこの時間だとコンビニしかねぇが‥なにがいい?」 「欲しくない‥‥」 こんな状態で‥腹なんてすかねぇよ!
「まっ、適当に買ってくるわ。大人しくしてろよ。出口は一箇所しかねぇし、しかも外から施錠してある。逃げようなんて無駄な事はやめとけ」 そういうと靴音を響かせて男は出て行った。
体のだるさは指一本動かすのも億劫な程、尋常ではない。 逃れる算段など考える気力も体力も根こそぎもぎ取られる感じだ。 あの男の言ったようにこんな薬を毎回使われては、直ぐに廃人だろう。 だが逃げるなと言われても‥このままいいなりになってもいずれ飽きらて、結局最終的には地獄を見る羽目になるのだろう。 その地獄を自ら招くか‥‥屈辱にまみれても生き延びて、怯えて過ごしじわじわと地獄を待つのか‥‥。 そうだ! やっぱ、俺の性分考えると前者しかない。 例え短命に終わっても後悔したくない。 とにかく誰かに連絡しよう。 くそっ! 携帯は拉致された時、あの場に落してしまったか‥奴らに始末されたか‥いずれにしても手元にはない! まてよ‥。
事務机に電話があった。つながるかどうかは皆無だが‥‥。 俺は手錠で戒められた両手で手をつき、立ち上がる。 事務机に近づくと、奥の電話の受話器を手にとり耳に充ててみた。 「ツー」 信号の音でどうやら通話はできるようだ。 「とにかく‥警察に電話しないとっ!」 そう思ってダイヤルの1を押したところで、ある事に気付き思いとどまる。 笹倉は警察関係にも親族がいるといっていた。 用意周到な奴の事だ。その辺りは抜かりなく手配してるかも知れない。 それにこんなところに無防備に電話がある事自体不自然だ。 俺が警察に電話するなど想定内のことだろう。 それのネタでまたいたぶろうと考えているのかも知れない。 じゃあ‥やっばり兄貴かママに。 って携帯番号わかんねぇ。
日頃文明の利器に頼っているツケがこんな所で回ってきた! とりあえず覚えている自宅番号をプッシュする。
ツルルー ツルルー ツルルー ツルルー‥‥。
かなり長くコールするが一向に出る気配はない。 くそっ 留守電設定しとくんだった。だったら用件だけでも録音できたのに‥。 時間がない焦りから、とりあえず警察以外どこか店舗でもいいから出た人に事情説明して『バカンス』のママに連絡してもらおうとレシートはないかとポケットを探る。 制服のズボンの後ろポケットから紙片がでてくる。 開いてみると、 「これ‥‥」 それは藤堂があの朝ホテルに残していたメモだった。 そうか‥捨てずにそのままポケットに突っ込んでたんだ。 書かれた携帯の番号をじっと見つめる。 これって、確か奴の秘書の番号だよな‥‥。 だが躊躇している暇はないし背に腹は変えられない。ワラをも掴む心境でその番号をプッシュした。 プルルー プルルー 二度コールしたところである事に気付き慌てて切る。 そうだ! 思い出した静さんの携帯番号‥確か、090−1990−1028。 俺の誕生日だって自慢してたもんな‥‥。 見知らぬ面識もない藤堂の秘書に連絡したところで、色々説明するのは面倒だし時間もない。 その点静さんなら話が早いと直ぐにプッシュする。
ツルルー ツルルー ツルルー
「はい?‥」 知らない番号からだからかいつも『静です』との名乗りがない。だが、この野太い声は確かに静さんだ。 「静さん? だよね」 「翔ちゃん!」 「静さんっ! た、助けて!」 「助けてって!? 何?! ど、どうしたの!」 俺の尋常ではない声に応えるように電話の向こうの静さんの声が震える。 「笹倉に監禁されてる」 「なんですって!‥‥場所はっ!? どこなの?!」 「わかんねぇ‥出航とか言ってたからどっかの港の倉庫らしいんだけど」 「こっちからの電話番号出てるよね?」 「ええ‥着信に知らない電話番号出てたわ」 「ママにその番号から場所探してくれって連絡して欲しいんだ」 「ええ‥分ったわ。すぐ連絡して助けに行くから‥」 「そろそろ見張りが帰ってくるから‥ごめん‥もう切るよ」 「怪我は?! 怪我はない?! 酷い事されたんじゃないの?!」 「うん‥大丈夫だよ‥いまんとこ生きてるから‥」 「‥‥」 俺の悪い冗談も静さんの沈黙で一層された。 「翔ちゃん! 大丈夫だから! 無茶しないようにね、ママに連絡してどうにかするから」 「うん、わかった あっ ドアがっ!」 俺は慌てて電話を切ると受話器を戻す。 そのまま元いた場所に急いで立ち戻る。
ガラガラッ キィー ガッシャン
重そうな鉄の扉を開閉させて、あのサングラス男が靴音も派手に闊歩して近づいてくる。 「よぉー、大人しくしてたようだな。食えそうなもん買ってきたぞ」 男はコンビニの袋を掲げて見せた。 おにぎりやサンドイッチなど手錠してても口に運べそうなものばかりだ。 何人も拉致しているのだろう手馴れたものだ。 俺は明太子のおにぎりを手にして包装を破る。 「なんだ‥欲しくないとかほざいてたが‥案外肝が据わってるじゃねぇか」 「出航って‥あとどの位待つの?!」 男は驚きに目を見張ると、 「自分から時間を聞いてきたのって坊主が始めてだぜ‥‥」 そして男は目を細めて、 「5時の出航だから‥‥あと2時間か‥」 腕の時計を見ながら残り時間を口にした。 2時間‥‥間に合うのか?
後は運を天に任せるのみだ。 こうなったらとりあえず腹ごしらえしておかなきゃとおにぎりと目の前に置かれたキャップを外したペットポトルのお茶を口にする。 「ねぇー、いないみたいだけど‥‥」 その名を口にするのは嫌だが、呼び捨てにしたりあいつ呼ばわりすればこの男からド突かれそうだし、かと言って強姦した相手に『さん』付けするなんて冗談ではないと、それなりのニュアンスで表現して辺りを見回す。 「ああ‥笹倉さんか? 坊主をかっさらうの大変だったからなぁ〜 後の事後処理に追われてるんだろう‥‥」 「‥‥」 恐らく、あの老齢の運転手から知らせは既にいってるだろう。 今頃は俺のこと躍起になって探してくれてるかも知れない。 そうなると真っ先に疑われるのは奴だ。 ふーん‥‥ もしかしてアリバイ工作か?
「出航前には一度顔を出すと思うがな‥」 「え‥あっちに一緒にくるんじゃないの?」 「いやーさっきもいったが、色々面倒事があってな。ほとぼり冷めるまでこっちにいるそうだ」 とりあえず打つ手はうったのだし、犯人は誰かも教えてある。 国外に連れ出されてもママや藤堂さんならなんとかしてくれるだろうと信じて疑わなかった。
俺は体のだるさや空腹が満たされ‥助けがくるまで寝ずにいようと思いながらも急激な睡魔との闘いで断片的に意識がなくなる。
唇に生暖かいものを感じ、うっすら意識が戻った。 そして頬にかかる息遣いで、キスされているのが分った。 笹倉がもう帰ってきたのか‥‥。
だが、この柔かい触れるだけの感じは奴のものではない。 「頼むからそのまま寝てろよ‥‥」 囁くような独り言‥‥どうやら相手はあのサングラスの男らしい。 啄ばむようなキス。 とろりと甘い感覚が、秘薬の残滓に火をつける。 ちょっ! 体がっ!
秘所の部位から疼き始め、全身に毒が回るように熱を孕む。 だが、相変らず遠慮がちに触れるだけのキス。 そのもどかしさに発動した欲望が我慢しきれず、 男の頭を手錠のかけられた両手で抱え込むようにする。 「‥‥っ!」 驚く男は慌てて、その身を離そうとするが、俺は離すものかと押さえ込み貪るような口づけを仕掛ける。 「くそっ!」 と吐き捨てると、俺の欲情に応えるようにディープなキスに移行した。 「ん‥っ、んん」 「はぅ‥ん‥っ」 チュパッチュパッと淫猥な音。 絡み合う唾液。 時折優しく啄ばむようなキス。 かと思えは、息苦しいまで舌を吸い上げられる。
ああ‥ この感じ‥‥たまらない。
男の指がシャツの上から俺の胸の突起に触れてくる。 「あん‥っ、んん‥っ、ちゅっ!」 俺はその刺激に思わず反応して仰け反った。 一旦離れた唇を追いかけるように男の顔が被さる。 ゆっくり唇を重ねて、きつく吸ったり、甘噛みされたり緩急のついた仕草は誰かと重なる。 これは‥‥。
あの甘美な口づけ‥‥一気に熱を煽られ、有無を言わせぬ情交。
‥‥‥藤堂‥‥なんでだよぉ。
無意識の中でさえ‥俺は藤堂を求めている事に気がついた。
茫然として、一気に沈み込む欲望の火種。 さっきまでの燃えるような情念は、藤堂に向けられたものだったと知れば、その熱は跡形もなく霧散した。 俺の反応の無さに気付いた男は、 「なんだ‥正気に戻ったのか」 なじる風でもなく、その薄笑いが男の悔恨を顕にしていた。 「ちょ、悪い‥これの始末してくらぁ」 そういうと既に外見からでも分る股間の脹らみを指差す。 「ご、ごめん」 俺は思わず赤面しながら中途半端にした事を謝った。 「ヤバイってそれ、最後までやんなかったこと後悔するだろうがっ!」 「‥‥」 男の言っている意味が分らず唖然とする。 「坊主わかってねぇな‥‥お前綺麗なだけじゃなくて、滅茶苦茶可愛いんだよ」 「生意気なくそガキがいきなり殊勝な口利きやがると、そりゃお前‥殺人的にマジヤバイぜ」 「そ、そうなんだ」 力説する男の迫力に生返事で応える。 「クマの野郎なんて‥あっ! さっきおん出された図体のデカイ男の事だよ。わかるか?」 俺は誰のことか納得したと頷く。 「倉庫の外まで聞こえる坊主のよがり声おかずにしこしこオナってやがったんだぜ、俺なんて元からノンケなのによう‥寝顔見てッと思わず悪さしたくなっちまいやがるしっ!」 「悪さの心算が‥いきなりディープなキス仕掛けてきやがって! 立つなっつう方が無理だろうがっ!」 男は変にムキになっている羞恥心からかそそくさと立ち上がると思い立ったように、 「それと‥この事ぜってい笹倉さんには言うんじゃないぞっ! 俺は元よりお前も只じゃすまねぇからなっ!」 と念押しされた。 「うん‥分ってる 心配ないよ!」 俺は思わず微苦笑する。 男が出ていって、静寂な中に例の羽音が俺の眠気を誘う。 やはりクスリのせいなのだろう。やたらと眠いのだ。 うとうとしながらも無意識に、唇を指でなぞる。 忘れないといけない相手‥‥。 何度も茜さんと肌を重ねた不実な男。 でも‥‥ またヒーローみたいに助けにきてくれるかな‥‥。 でも会えば会うだけ辛くなる‥‥。 目尻から雫が頬を伝っていくのが分った。 やがてそのまま深い眠りに沈んだ。
俺は誰かの話声で覚醒した。 だが薬の副作用か意識はあるのに体が鉛のように重く動かせない。 瞼を開ける事も‥‥。
「なんできたんだ!」 「‥だって! 酷い事してないわよね?!」 「‥‥」 「どうなの? 約束だったでしょ!」 「当たり前だ! 言われなくても大事にする‥心配するな!」 「じゃあなんで香港なの? どうしてこんな事になったの?!」 「その事は何度も言っただろう! 藤堂の横槍が入ったからだ」 「でも‥翔ちゃんには他にも選択種はあったのに‥‥」
この声‥‥。
っ! 嘘っ!だろ‥‥。
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