間接照明が優しく店内を照らし昼間とはまるで違う豪華な別世界へといざなう。 各ブース毎に間仕切りがあり、それぞれのプライバシーが守られている。 所々にお客らしい人影が見える。通り過ぎる度に視線を感じるのは俺が自意識過剰なのだろうか。 一番奥の席がVIP席だと以前兄貴から聞いた事がある。 どうやらそこに向かっているらしかった。 広く大きな円形の革張りのソファーには年配の男性とひどく長身で精悍な顔立ちの男性が座っていた。 周りにはママが言うように既にヘルプの子が数人付いていた。 店でも選りすぐりの美形を用意したようだ‥。
いいのかよ! こんなに揃えて! 他の客からブーイングくんじゃねぇ?
「会長! 今日はやけにお早いのね」 「いやぁ〜、藤堂君に早く自慢の薫を紹介したくてね」 「ええ〜 薫だけ‥私は?」 ママは信じられない甘え声で会長に詰め寄った。
うっ! 我慢我慢‥。今、噴出したらしゃれになんねぇって!
「なにを言うか! お前はわしのもんじゃろっ 紹介なんぞできるか!」 「いやぁん! う・れ・し・いぃわ」
俺‥憤死していいっスか! なんか秒殺されたい気分なんスけど
「でも‥ごめんなさぃ‥あいにく薫ちゃん今日は体調崩してお休みなの! あんなに約束してたのに‥」 「そうか‥それは残念じゃな」 心底がっかりした様子の会長にすかさず、 「でも会長! 安心して薫に引けを取らないくらいの子を紹介しますから、さぁー」 ママは後ろで控えていた俺をスポットに晒す。 「おおーっ」 恐らくヘルプの子も入れての一同驚愕の一声。 「紫と書いて『ゆかり』と言います。宜しくお願いしますね」 俺は静さんに言われた通り、ゆっくりと一礼する。 「これはまた息を呑む美しさじゃのう〜。はて? こんな子おったかのう」 「会長には目の毒ですからね。隠してたんですよ」 ママはヘルプの子に席を譲られ、会長の隣へ移動する。 「なにを言うか! お前一筋だというのに!」 そういうとママの手をすかさず握る。
うわっーめちゃ大人な世界だぁー。
俺は茫然と突っ立っていると、 「紫ちゃん、君も藤堂君の側に座りなさい」 それを合図にヘルプの子が席を空けてくれた。 「失礼します」 と男の傍までくると一礼した。 「‥‥」 だが男は無言のままでこっちを見ようともしない。 その態度にムッとしたが俺は感情を顕わにせず、無表情なままの男の隣に座った。 薄暗くて男の表情がよく分からない。
やけに無愛想な男だ。 本当はこんなとこ来たくなかったんじゃないのか‥。 どう見ても女に不自由してないだろっ! あんた! まぁ、どうでもいいか! 一、二時間辛抱すればいいんだから‥。
と我関せずにいられたのもここまでだった。 テーブルにセッティングされた飲み物を手に取りママの音頭で『乾杯』する事になった。 勿論、未成年の俺はウーロン茶だ。ママがあらかじめボーイに指示してくれてたお陰でなんの問題もない。 暫らくするとボーイから呼ばれてママが席を立つ。 一気に賑やかさを失うが、さすがに周りのヘルプについてくれてるベテランのお姉様方はお客を飽きさせない。 俺が口を挟まないで済むくらい気を遣ってくれている。 隣の会長の連れの男は、相変らず無愛想だ。 反対側に座るヘルプの楓さんの接客に対しても殆ど会長の手前、愛想笑い程度と言った感じだ。 なにが面白くないんだか‥ でも、いい男だよなぁー 兄貴がいたら色めき立ってるかも‥。 ぜってぇ−兄貴のタイプだよ。 ってか周りのお姉様方、釘付けじゃん!!
やがて、10時のショータイムで室内の照明が一気に暗くなった。 すると藤堂と言う例の男が俺の耳元で囁いてきた。 「君は綺麗なだけの御人形さんだな、これで高い金をとるなんて随分お気楽な商売だね」 「なっ!」 耳朶に響く低音にゾクリとしながらも、思わず怒りに隣の男を睨みつけた。
なんなんだよ! マジ頭くるぜ。
確かに接客の能力もない俺が何か言えた義理じゃないが、周りの頑張ってるお姉様達や兄貴の事まで馬鹿にされた様でマジギレ寸前だ。 恐らく興味もないのに無理矢理つれてこられて面白くないのだろう。 冗談じゃない。俺は好きでこんなことしてるんじゃない。あんたを楽しませる義理も義務もねぇーんだよ
と怒りで顔が強張った。 すると真っ暗がりの中、奴が微かに嘲笑したような気がした。。 次の瞬間、暗闇の中でいきなり俺の唇に柔かい物が触れた。 「‥っ!」俺は思わず体をビクつかせる。 だがその正体は奴の唇だった。 驚いた事に俺の肩は知らぬまに奴に抱かれ、一瞬のうちに唇を奪われていたのだ。それも電光石火の如くの早業だ。
おい! 嘘だろ! マジかよ!
くっそぉぉぉ!
俺は抗うどころか妙な闘争心に煽られ、奴の激しい口づけに応戦した。 「ん、んん」 「ぁ‥」 唾液の音さえしそうな淫猥な口づけは甘いというより戦いを挑んでいるかのような激しさだった。 逃げようとする俺の舌を絡めとり、歯列をなぞりながら緩急つけて上下の唇を吸い上げる。
うまい! 巧すぎる!
頭の芯まで痺れる!
や・めろっ! 下の方に熱が集中していくぅ‥
どちらかが降伏するまで続きそうな口づけに終止符を打ったのは俺の方だった。 息も荒く肩を上下させながら、悔しさに思わず睨みつけると、 「鼻っ柱は強そうだな」 と、奴は秘め事のような甘い低音で耳元で囁いた。それがキスの後の興奮に拍車をかけ俺の身体を熱くした。 だが、怒りに打ち震える俺にはいったい何で興奮しているのか分からない。 奴の薄ら笑う口元が微かに見えた。 悔しくて思わず顔を背けるとステージの舞台袖で静さんが手招きしている姿が目に入った。 「ちょっと失礼します」 俺は精一杯の冷静さを装い、そう断って席を立つと静さんの所に急いだ。
舞台袖からそのまま控え室へ駆け込むと、 「翔ちゃん、何かされた?!」 「くっそぉぉぉ!! いきなりキスしてきやがった」 悔し紛れに掃き捨てるように怒鳴った。 「大丈夫?」 「ああ」 俺は口元が赤くなるまで何度も拭った。 「翔ちゃん、だめよ! 赤くなってしまうわ! とにかく化粧直ししましょ」 俺は静さんに言われるまま更衣室についていった。そして乱れた口元の化粧直しをしてもらった。 「ねぇ、翔ちゃん‥なんだったら、このままここにいなさい。訳は後でママに説明すればいいから」 口紅を挿しながら静さんが席に戻らなくてもいいと言ってくれている。 でもこのまま敵前逃亡するのは絶対に嫌だ! 「大丈夫だよ。もうすぐショーも終わるだろうし、明るくなれば悪さはできないよ」 そう言って席に戻ろうとする俺に、「じゃあ‥これ」とお絞りを手渡してきた。 「‥‥」 意味がわからず唖然としていると 「お客様にも多分翔ちゃんの口紅がついてるから、暗い内に拭き取るように手渡して」と静さんが教えてくれた。
いらねぇよ!! あんな奴!!
中々受け取ろうとしない俺に、「一応‥お客様だから‥ね!」と宥める。 俺は渋面で、「分かった」と一言口にしてお絞りを受け取った。 薄暗い中、席に戻るとよくわからないまま手元に目を凝らし、奴の手を取る。 妙にほっそりしたその手が驚きにびくつく。 さっきのあの横柄な態度と同一人物とは思えない仕草に思わず嘲笑する。 そしてその手にお絞りを持たせると小さい声で囁く。 「お客様、明るくなる前に口元をお拭きになった方がよろしいかと‥」 意趣返しとばかりに言い募ると、 「わしの口に何かついとるかのう、うん?」 お絞りを渡した手を逆にしっかり握り返された。 そして両手に包まれるようにして撫で回され、思わず悪寒が走る。
ゲっ! 会長じゃん!
「あっ、失礼しました」 俺は慌てて手を引っ込めると本来の目的である奴の姿を目で追った。 「何じゃ! 人違いか。残念じゃわい‥藤堂君なら今、席を空けとるぞ」 にやつく会長に俺は顔を引き攣らせながらも愛想を振り撒き、元の席に戻った。 ショーも終わり、辺りが元の明るさに戻る頃、奴はボーイから手渡されたお絞り片手に席に戻ってきた。 「会長、済みません。定期連絡で席を外しまして‥」 「相変らずの仕事人間じゃのう‥、君のいない間に間違えて紫に誘惑されそうになったぞ! わしとしてはそのままでもよかったがのう‥わっははは」
おいっ! くそじじい!! 余計なことを!
俺は忌々しく思いながらも平静を装い、苦笑いで誤魔化した。 「それは残念でした」 奴は俺の方を見て不敵に笑う。それも俺とのキスの跡を綺麗に拭き取って‥。
くぅぅぅ! 勘違いすんなっ! てめぇなんかにそんな気全くねぇからな!
心の中で何度苦虫を潰した事か‥。だが営業スマイルでひたすら我慢した。 「さーて、年寄りはそろそろ退散するかのう‥」 「あら? もうお帰りですか?」 すかさずママの変わりのベテランの綾さんが引き止める。 「すまんのう、年寄りは朝が早いでな」 慌てて、近くにいるボーイにママを呼びに行かせた。 会長はそれを待たずに席を立つと、藤堂も腰を上げる。 「おいおい、君はまだ若いんじゃ、まだまだ宵の口じゃろっ、ゆっくりしていきなさい」 「いえ、会長今日はお招き有難うございました。良い社会勉強になりました。ですがまだまだ経験不足で一人残されましても困ります。今日は一緒においとまさせて下さい」
おう! 帰れ帰れ! んで! 二度とくんな!
と心の中で毒づく。我ながらガキの発想に情けなくもないが‥。 だがそれに対して会長は、 「はっはっはっ、そうかそうか、だがのう仕事馬鹿ではいかんぞ。遊び心の一つも知らんとな」 と諭すように釘を刺した。 「それは会長が追々勉強させて下さるのでしょう?」 と上手を口にする藤堂という男の油断の無さに舌を巻く。 「ふぁっははは!相変らず上手いのう!!」 二人のやり取りを横目に、
じいちゃん あんま笑うと入れ歯外れっぞ!
と、俺は一人白けた気分で内心毒づく。
やがて豪快に笑う会長の元にボーイに呼ばれたママが飛んできた。 「今日はゆっくりしていってくれるんじゃなかったのぅ」 さすがこの道何十年、甘え方も堂に入ってる。
ママ すげぇ!
「すまんの、真理子。今日は無理を言って、この埋め合わせはするからのぅ」 「うぅぅん、絶対よん」 会長は甘えるママの肩を抱き寄せると頬に口づけをし、そのまま何か耳打ちする。 内緒話が終わると同時に驚愕して目を見張るママの視線が俺を捕らえた。 何の話か分からないがママは直ぐに会長に手を振り断りを入れているようだった。 だが、交渉は上手くいかなかったようだ。 ママは会長やあの男に軽く会釈すると慌てる様子を隠しもせず、俺のところに飛んできた。 そして強引に手を引き控え室まで直行すると、 「不味い事になったわ!」 「なに? どうしたの?」 血相変えたママと俺の後を追う様に静さんも部屋に飛び込んできた。 「ママ?」 「藤堂さんに紫、翔ちゃんを送らせろっていうのよ!」 これには静さんも絶句でママと同じように驚愕している。 俺にはなにが不味いのかさっぱりわからない。 そんな様子に焦れたママが 「もう! お持ち帰りよ、お持ち帰り! 初見だからいきなりホテルって事はないと思うけど」 「ホ、ホテルぅ?!」 俺はおもいっきし腰が抜けそうになった。 マジかよ! ありえねぇ〜
「まあ、会長の紹介だから、ホテルのラウンジでお酒を付き合うか‥。お寿司屋くらいだと思うんだけど‥」 「お酒って‥俺一応未成年だし! それにこの成りでいくのかよぉ」 「だから困ってるんじゃないか! どうやって断ろうかってよ!」 ママの男らしい口調の剣幕に俺も静さんも恐れ慄く。
ママ‥ 男言葉っす‥ 分かってるぅ?
「ママ! 取りあえず今日はもう指名が一杯ってことで‥」 「静ちゃん! そうね! そうよ、そうしましょ」 ナイスアイデアだと直ぐに話をまとめると、玄関ホールで帰り支度している会長の元へと急いだ。 「ごめんなさい、今聞いたら紫、指名で一杯なの‥。他のお客様にご迷惑になるからこの次って事で‥」 とママは必死の形相で口を濁すように語尾を誤魔化した。 「そうか‥それは仕方ないのぅ‥。わしの見た所じゃまんざらでもないようじゃったが‥」 俺はママの横でいかにも申し訳ないといった顔をして見せる。 その刹那、俺の視界に奴の口角を上げていかにも馬鹿にしたような顔が飛び込んできた。 奴の嘲笑する顔で嘘だとばれた上に俺が逃げていると思われていると知った。 その屈辱に俺の怒りは頂点に達しようとしていた。 マジむかつくんだよ!!
俺は頭の天辺から蒸気でも噴出すんじゃないかって勢いで、 「やっぱり送って頂きます」 「っ! 翔‥紫ちゃん! ちょっと‥」 上手くいきかけた話をぶち壊すような発言にママが慌てる。 「ほっ ほっ ほっ、ママ‥若い二人に水を差すような不粋はよした方が良いぞ」 会長は豪快な笑いの後、ママに論するように口を挟んだ。 俺は自分で何をいったのかも無自覚のまま、奴から目線を逸らさず睨み続けていた。 「いいですよ。送りましょう。紫さんさえよければですが!」 と奴は俺の視線に挑戦するように応えた。 だから! その馬鹿にした目やめろっ!
「済みません。お時間頂けますか?指名頂いてるお客様に一言挨拶しませんと‥直ぐ支度させますから」 そう言い訳するとママはまた強引に控え室に俺を連れて行く。 怒りに我を忘れていた俺は奴から無理矢理目線を外されていきなり現実に引き戻された。 ママは部屋に入るなり開口一番、 「翔ちゃん! 折角上手くいってたのに、なに考えてるの!」と、怒鳴り散らした。 「え‥」 俺はこの時本当になんで怒鳴られてるのか分からなかった。 「え、じゃないわよ! 送ってくれってどういう心算かって聞いてんだろ!」 と、惚けた返事にママが逆切れした。 「えっ!」と真顔で驚く。
嘘‥俺がそう言ったのか?
「なに驚いてんの、『やっぱり送って頂きます』って言ったでしょうが! あぁっ?!」 「あっ!」 興奮のあまりあの時何を言ったかすっかり記憶から抜け落ちてしまっていた。 ママに言われて思い出した俺は素直に頷いた。
ママ やっぱ怒りモードになると‥男言葉に変身〜なんだ。今突っ込むところじゃないけど‥。
「ごめん‥あいつの馬鹿にしてる目見たらつい‥」 「なに? 馬鹿にしてる目って?」 すっかり気落ちした俺に合わせるようにママもお怒りモード解除で耳を傾ける。 「さっき、この商売お気楽みたいな事言われて‥ヘルプについてる皆や兄貴の事まで馬鹿にされたみたいでマジムカついたんだ!」 「そう‥そんな事言われたの‥だからって、尚更そんな奴にホイホイついて行くなんて!」 「うん‥でも敵に背を見せるみたいで嫌だったんだ!」 「敵ってねぇ、この商売軽蔑するような輩だと何するか分かんないのよ!」 「だけど‥逃げるなんて!」 ママは説得に応じない俺に業を煮やして、 「実際、物見遊山でやってきたそんな輩にお持ち帰りされた子がいたんだけど‥可哀想にっ」 語尾を濁すように押し黙るママに、 「可哀想って?‥その子どうなったの?」 恐る恐るその後の事を尋ねた。 「酷いものだったわ‥警察から連絡があって‥病院へ行って‥」 「警察! 病院って‥何されたんだよ!」 「その馬鹿な男の仲間内で回されて‥集団レイプで全治二ヶ月‥」 重苦しい空気とともに掃き捨てるように口にする。 絶句だった。そんな酷い事があったのだ。 と同時に兄貴がそんな目に逢わなかった事に心底ホっとする。 「だから心配なんじゃない! もうどうなっても知らないわよ!」 「ママ!」 今更ながら短慮な自分に愛想がつきそうだ。 「まぁー、会長の紹介だし‥藤堂さんは社会的にも地位のある方だから、そんな心配はないと思うけど‥」 「ママ‥あの男知ってるの?」 「知ってるっていうか‥藤堂コンツェルンのご子息のはずよ」 「今は傘下の子会社の取締役じゃないかしら‥いずれは現会長の後を継ぐんだろうけど」 へぇー財閥系のお坊ちゃまかよ‥
「こうなったら、いい? ホテルに誘われたら初見のお客様はお断りしているっていうのよ。店の方針だからって。後、お酒は今夜は飲む気分じゃないからとか‥あっ! なんなら一滴も飲めないでもいいわ。それと絶対自宅まで送らせたら駄目よ。適当な所で降ろして貰いなさい」 「何で?」 「自宅に押し掛けられてトラブった子いるからよ、まあっ相手が相手だからその心配はないでしょうけど‥翔ちゃんの素性嗅ぎ付けられても困るし‥わかったわね!」 とママの注意事項に俺は大きく頷いた。 「はい、タクシーのチケット、家に帰ったら何時でもいいから連絡して、わかった?!」 「うん‥分かった」 「それからこれ着て行きなさい」 ママはロッカーから毛皮のコートとパッグを取り出した。 「ママ、これ?」 「大丈夫よ 薫のだから」 「いい?!くれぐれも気をつけて‥さっき行った事ちゃんと守るのよ」 俺はママから渡されたチケットを手に注意事項を肝に命じる。 そしてママの後についてホールに出るとボーイが待っていた。 「あっ ママ 会長はもうお迎えが見えてお帰りに‥藤堂様は外でお待ちです」 外に出ると未だ春には早い三月の肌寒さが身に染みた。 直ぐにコートを羽織ると毛皮のぬくもりとこれから先の事を想像して思わず武者震いする。 すらりとした長身で日本人離れした容姿の藤堂は道行く誰もが目を惹いた。
悔しいけど‥やっぱかっこいい‥んだよな!
駐車場から車を回してきたボーイにチップを渡している所だった。 ちょっと意外だったのが、御曹司とか言ってた割に車は国産だ。それもエコカー。 「藤堂さん 車でしたの?」 少し怪訝な顔をするママに、 「大丈夫ですよ、一滴も飲んでいませんから」 「まあー、そうでしたか」 ママのがっかりした気持ちは声音で分かる。ここに来ても何か断る理由を見つけ出そうとしてる。
ママ‥ごめん。
「どうぞ」 と奴は紳士的に助手席を開けて乗車を促してきた。 俺は覚悟を決め、慣れないドレスの裾を気にしながら乗り込む。 「じゃあ‥ママ」 「ええ‥気をつけてね。藤堂さん! くれぐれも宜しくお願いします」 お互い軽く会釈する。 そして黒のプリウスは滑るように発進した。 |
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