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Majikaよ

第二章 その二

 案内された席には、年配の客を想像していたら予想を反して三十前くらいの男だった。もしかしたら藤堂と年齢は変わらないかも知れない。
 広めの革張りソファーの中央に一人座り、両脇には店でも上位ランクのお姉様?方がもてなしている。
 パテーションで区切られ個室風になっているが、ここはどこよりも広い造りになっている。
 恐らくVIP席の次くらいのランクだろう。
 笹倉と呼ばれる男はどうやらVIP待遇らしい。
 薄暗い照明とはいえ、少し釣り目の一重に上品な口元がどこか歌舞伎役者の能面のように見えた。
 だが鼻梁が通った涼しげな面差しは、育ちの良さを感じさせた。

 へえーわりとイケてるじゃん! 茜ちゃんこんな人ほっといて旅行にいっちゃったんだ!

「紫ちゃん?」
「はい、宜しくお願いします」と、新人らしくペコリっと頭を下げる。
「綺麗な子だなと思ったんだよね‥へぇ〜近くで見るともっと綺麗だなぁ〜チャイナドレスが凄く似合ってるよ」
「唇もキュートだね‥スレンダーなボディだし、本当に秀逸な見事なまでの造作だよ‥もしかして天上から舞い降りて来たんじゃない?」
 この臆面もなく歯の浮くような気障なセリフを連発する男に唖然とした。

 なんか‥思ってたよりチャラ男?

「‥‥」
「‥あれ? もしかして聞き飽きてる?」
 なんのリアクションも返さない俺にふざけた口調で聞いてきた。

 はぁ〜、こんなセリフ誰も言わないって! 呆れて口が塞がらないだけだ。

「ご、ごめんなさい。ちょっと驚いて‥」
「え‥僕、なにか驚かすような事言った?」
「綺麗とか、天上から舞い降りたなんて‥」
「ええー、本当のことじゃないか‥こんな綺麗な子初めて見るよ」
 
 よく言うよ! 大体あんた茜さんの常連だろっ!

「‥茜さんの方が綺麗ですよ」
 俺は心底そう思っている事をそのまま口にした。
 笹倉は口角を少しあげて意味深に微笑むと、
「茜はね‥どちらかというと可愛い系!、薫さんは美形だけど‥紫ちゃんはその上をいくね」
 とそれぞれを比較した。

 兄貴より上って‥マジ?! そんな訳あるか!

 兄貴の美貌は弟の俺が一番良く分かっている。客のおべんちゃらを本気にするほど馬鹿じゃない。
 でもさっき藤堂から邪険にされた喪失感が、この笹倉によって一気に払拭できた気がした。萎んでいたプライドが一気に復活したみたいな‥。

 くそっ‥ 藤堂なんてもうどうでもいいじゃん。

 脳裏を掠めた奴の事は秒殺して、話題も豊富な笹倉との会話に盛り上がった。
 どうやら笹倉は元々財閥系の家柄らしい、自らはIT関連会社の代表取締役で青年実業家だ。
 俺も将来のビジョンについて考えるところもあったので、色々参考になった。
 ビジネスプラン設計の上でのマーケティングの重要性など話はつきることもなくあっという間に時間が過ぎた。
 すると突然、ママが衝立から現れて、
「まぁ〜すっかり盛り上がっていらっしゃるとこお邪魔します」
 と話は中断されてしまったが、笹倉は気にする事もないく上機嫌だった。
「ママ、紫ちゃん聞き上手な上に専門的な事でも突っ込みが凄くてタジタジだよ」
 と相変らず口の上手い笹倉に閉口しながら、
「笹倉様、そんなとんでもないです。こっちこそすっごく勉強になりました」
 と俺は礼を口にした。
 
「勉強って‥紫ちゃんもしかして学生? IT関係の専門的な知識もあるようだし? 年齢的にも‥」
 と笹倉は俺の顔をマジマジ見ながら言い淀む。
 
 もしかして‥年齢、ばれた?

 なんかヤバイ雰囲気になってきた。だがどう対処していいのか分からず焦ると、
「まぁ〜 ほっほっほっ そうなんですよ」と、この道○十年のママがそつなく?こなす。

 でも‥ママ、そこ笑って誤魔化したりして、余計に不味くない?

「へぇ〜 どこの大学?」
 と案の定、笹倉に追求されて、
「「えっ‥」」
 俺とママは思わず言葉につまり目線を合わせる。
 
 大学って‥そりゃあ志望校はあるにはあるが‥これから受験なんだけど。

「どこの大学だったかしら‥この商売は学歴は関係ないから」
 ママは未成年を就業させてるのがバレたら一大事と必死に誤魔化す。
「ごめんママ、こんな席で聞くような話じゃなかったね」
 笹倉は何か勘付いたのか自ら話を切り上げた。
「笹倉様お気遣いありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ不粋な事して申し訳ない」
「それから大変申し訳ないんですが、紫をちょっとお借りしても宜しいかしら?」
 と、ママが顔を出した本来の目的を告げた。
「ああ‥どうぞ、でも用が済んだらすぐ寄越して下さいね」
「はい、それは勿論ですわ。ホホホ‥」
 と、ママは愛想笑いで誤魔化し、膳は急げと俺を引き連れてそのまま席を後にした。

 そして控え室入るなり、
「翔ちゃん 藤堂さんもう帰られるんだけど、紫呼んでくれって!」と予想外の話を振られた。
「え‥帰りの挨拶しろってこと?」
「それがね‥約束があるからっていうんだけど‥」
「はぁ‥悪いけど断ってよ! 指名のお客様があるからとか何とか言って!」

 はんっ! なにが約束だよ! いまさら‥席外したままでも全然気にしなかったくせに!

「そうね‥それに昨日は無事だったけど今日も無事とは限らないし‥」
 ママは俺にというより自分に納得するように口にした。
 だが本当は無事じゃなかったんだ‥と喉元まで出かかったが口にはしなかった。
 今更の話だし、これ以上関わりたくもなかったからだ。
 昨日の嫌な事はそのうち忘れる。この後のお客にしても今夜限りだし、いい経験だったと後で思い出す程度の事だ。
「分かったわ 藤堂さんには上手く言ってお断りしましょ」
「翔ちゃんもなんだったらこのまま帰る?」
「え‥笹倉さんとこ戻んなくていいの?」
「ええ、綾ちゃんにでも入ってもらうから‥」
「すぐタクシー呼ぶからそれまでここで待ってて」
「了解っす」
 ママはそのまま店内に戻っていった。
 俺は一人残りテーブルに常設しているコーヒーを紙コップに注ぎ喉を潤す。
 暫らくすると見知らぬ黒服のボーイが顔覗かせるとママが呼んでいると個室の番号を教えてくれる。
 なんで個室?と思ったが疑いもせず、部屋の前まできて声をかける。
「ママ?」
 何の返答もない、部屋を間違えたのかと一応中を覗いてみる。
 すると突然、ドアノブを握っていた手が暗がりから不意に出てきた手で掴まれるといきなり引っ張られ、抵抗する間もなくそのまま中へ引きずり込まれた。
 
 パタンッ カチャッ

 と、ドアの閉まる音の後に鍵が閉まるような音がした。
 暗がりの中、唯一明るい覗き窓を背に長身の男のシルエットが目に入る。
「誰?」
「‥‥」
 そいつは無言のまま近づくといきなり俺を抱き込んで来た刹那、柔かい物が唇に触れた。
「うっ‥や、めろっ!」
 すぐに口づけだと分かり思いっきり両手で押し退けると男は一瞬たじろいだ。
 その隙をついて俺はそいつから少しでも離れようと後退った。
「酷いナァ〜 紫ちゃん」
 
 この声は笹倉‥っ!

「なんなんです! こんなことして」
「それはこっちのセリフ。ちゃんと席に戻るって約束したのに!」
「‥‥」
 俺は奴の言い分をどう切返せばいいか分からず無言でいると、
「僕ね、紫ちゃんの事、気にいったんだ。一目ぼれって‥信じる?」
「‥‥」

 なに? なんなんだよ?! 意味わかんねぇーよ!

「本気だから‥ホントに!」
「ほ、本気って‥」
 奴の声が段々近づいてくる。俺は暗闇の中、笹倉の妙に冷静な声音に言い知れなぬ恐怖を感じた。
 やがて徐々に目が慣れてきたのか奴の姿が見えるようになった。
 奴は降参という感じのホールドアップみたく両手を挙げたまま、ゆっくり俺に近づいてきた。
 そしていよいよ目の前にくると手を下ろし、腕の中に俺を抱き込もうとした。
 俺はその行為を拒否するように後退り、身体を強張らせた。
 すると奴は触れようとした手を止め、
「怖がらないで、何もしないから‥ねっ?」と警戒を解くように小声で言う。
「取りあえず、付き合ってみないか?」
「それで好きになれなかったら‥悲しいけどあきらめる‥約束するよ」
「‥‥」

 男同士で付き合うなんて、ありえねぇー!

 だがここがゲイバーで、有得る事なんだと今更ながら気がついた。
 けど俺には有得ない事で、どう対応していいのかパニックった。
「心配しないで‥昔から無理強いするの、嫌いだから」
 すっかり警戒している俺を油断させるつもりで言っているのだろうが男の行動は既に矛盾していた。
「でも‥キスした」とその矛盾を指摘した。
 
 そうだよ! あのキスは無理強いじゃねぇのかよ!

「ごめん‥ホントごめん、衝動がね‥抑えられなくって‥紫ちゃんの唇触れてみたくて」
 と、いきなり奴の手が俺の頬に触れる。
「なっ!」
 俺は思わず身じろぎ、急いで奴から離れようとした。
 だが笹倉はいきなり暴挙に出た。
 逃げようとする俺の腕を引き寄せ、両手を押さえ込むように抱き込んできた。
「綺麗なだけじゃなく‥可愛いよなぁ〜 ホント食べちゃいたいくらい」
 と、再び口づけしようと顔を近づけてきた。
 俺は奴の腕の中で必死にもがいたが強く戒められ、近づく唇を避けようとに顔を背けた。
 すると後ろ手に押さえ込められ、空いた左手で顎をつかまれた。
 無理矢理正面に向かされ、強引に口づけされる。
「うっ‥んっ‥んん」
 ねっとりした口づけに思わず悪寒が走る。
 俺は足に絡まるチャイナドレスから左膝をあげて、奴の股間目がけて蹴り上げた。
「あうっ!」
 奴は呻き声を上げながら床にうずくまる。
 俺はその隙に身を翻し、灯り窓の見えるドアに向かって突進した。
 だが、慣れないチャイナドレスの裾が行く手を阻むように足をとられ、前のめりに倒れた。

「くそっー」
 拳で床を叩き、悪態を付いた次の瞬間、
「う、ぎゃっ!」
 突然背中に何かが圧し掛かり、潰れたような声を発した。
 怯んだはずの奴が取って返し、背後から馬乗りになったのだ。
 おまけに両手は又しても後ろ手に戒められ、起き上がることも出来ない。
「紫‥酷いよ‥優しくしてるのに」
 
 いきなり呼び捨てかよ! それに、これのどこが優しくしてるってんだ!

「無理強いしなっ‥いっ‥て! いっ‥たのに!」
 俺は床に押し付けられ息苦しさの中、途切れ途切れに抗議した。
「仕方ないよ‥優しくしてるのに酷い事したのは紫だろ‥だから、おしおきだよ」 
 
 っ! お、おしおきって、なに?! ママぁー、質の良い客じゃねぇのかよ!

 さっきまでの紳士淑女が信じられない変貌ぶりだ。
 口調は優しいのに‥やってる事は鬼畜だ!
 背後を押さえ込まれては手も足も出ない。
 奴はそれをいい事にチャイナのスリットから手を入れてきた。
 昨日と同じTバックの下着は俺の双丘を綺麗に剥き出しにして奴の目に曝される。
「ぁあ‥信じられない! 思った以上だ‥このきめ細かさ」
 
 うわぁ! や、やめろっ!
 
 俺の尻のラインをなぞるように生暖かい物が辿っている。
 それは奴の手の感触などではなく、どうやら頬釣りしているようだ。

 嘘だろっ! マジ キモイっ!

 そしてそのまま奴は湿った舌でそのラインを舐めだした。
 昨夜の藤堂と全く同じパターンなのに‥こいつのは怖気るような嫌な感触だ。
 やがて魔の手は下着の前の方へと伸び、これ以上の屈辱はない最大の危機をむかえる。
 俺は後ろ手に戒められている手をどうにかしようと体を左右に揺すってみた。
 その行為が更なる可虐心を煽ったようで、
「ああ‥紫‥そんなに動いたら僕のが興奮してしまうよ‥それとも早く僕のが欲しいのかい?」
 確かに背中に奴のものがあたる感触が生々しい。全身に鳥肌が立つ程の嫌悪感に襲われる。
「っ! んなわけねぇだろっ! 畜生、離せっ!!」
 藤堂の時と同じだ。反撃出来るのが口だけなんてマジ情けない。
「だめだよ! 乱暴な口調は似合わない! 僕のベイビー」
 だが、全く奴は動ぜず余裕でお説教までたれる。
 こういう時って、恥も外聞もなく助けを呼んだ方がいいのは分かってる。
 だけどこんな姿で助けを呼ぶなんて‥。
 
 くっそぉ! 誰かっ! 神様、仏様ぁ!

 情けないから口には出さないが、俺は必死に心の中で叫んだ。
 
 すると珠には神頼みもするもんだとばかりに、

 バンッ

 と大きな音とともに唯一の出口であるドアが蹴破られた。
 俺の心の叫びが届いたのかと思わず頭を持ち上げてドアの前に立ちはだかる人物に目をやると‥。
 
 え‥  嘘だろ‥。

 そこに立っていたのは藤堂だった! それも奴だけでなく、先ほどこの部屋を案内してくれたボーイと一緒だ。
「紫、大丈夫かぁ?」
「は‥」
 俺の間の抜けた返事は、馬乗りになられているこの状況下で『大丈夫かぁ?』と実に緊張感のない声音で問われたからだ。

 見てわかんなねぇーのかよ! 早く助けろよっ!

「貴様、誰だ! ‥‥おい、君! これはどういうことかね?」
 笹倉は突然の侵入者の藤堂と側にいるさっきのボーイに抗議の声をあげた。
「も、もうしわけ‥」
 ボーイは藤堂の後ろに隠れるようにするとしどろもどろに応えようとした。
「もしかして‥お楽しみのところでしたか」と、ふざけた口調で藤堂がこれを遮った。
「見てわからないか? 邪魔しないでくれっ!」
 笹倉は忌々しそうに言い募った。
「それはそれは失礼しました‥」
「‥‥」

 なに? これ? いわゆる大人の会話? 

 俺は二人の社交辞令的な意味不明な遣り取りに信じられないと目を剥いた。
「んなわけねぇだろっ! 見てわかんねぇのかよ!」
 俺は冗談じゃないと恥も外聞もなく喚き散らした。
「おやぁ〜、紫はそうでもないようですが‥」
 藤堂の嘲笑しながらの突っ込みに、
「私のベイビーはこういう遊びが好きなんだよ、見てわからないかね」
 笹倉は何の躊躇もなく性的嗜好だと誤魔化す。
 藤堂は目を細めて、
「ほぉ〜 そうなのか紫? 知らなかったよ」
 と、どこか揶揄うような口調にマジムカついたが、背に腹は変えられない。
「っんな! 好きな訳ねぇだろっ! 早くたす‥んっんん!」
 助けを口にする前に笹倉は左手で素早く口を塞いできた。
「そう言う事なんでね、早く出て行きたまえ!」
 笹倉はもがく俺の口を塞いだまま語尾を荒げた。
「これはどうも失礼しました。不粋なまねをしまして‥」
 そういうと軽く会釈し、踵を返すと傍のボーイと部屋を出て行こうとする。

 う、嘘だろっ! なにしに来たんだよっ! この役立たずがっ!

 俺はこの信じられない展開に愕然とし、心の中で奴に罵声を浴びせた。
 だが万事休すと諦めかけた時、そこから事態は急展開した。

 藤堂は部屋のドアを出る一歩前で、素早く取って返してすっかり油断した奴の顎を足蹴りでふっ飛ばした。
 その破壊力はかなりのもので、宙を描いた奴の体は部屋の隅まで飛びそのまま壁に激突した。
 もしかしたら歯の何本か折れてるかもと思わせる程の破壊力だった。
 そのまま床に突っ伏して微動だもしない。
 藤堂は俺を抱き起こすと、
「大丈夫か?」
「なんなんだよっ! 助けないんじゃなかったのかよ!」
 と俺の嫌味に奴はニヤリと口角を上げると、
「誰が助けないと言った? わざわざこの部屋に来た意味がないだろ!」
 取ってつけたような言い訳を口にした。
「でも‥そのまま出ていこうとしたじゃん」
「俺の誘いを断るからだ」

 はぁ〜? なに?! 断った腹いせってか! 大人のする事かよ!

 奴は俺のチャイナ服の裾を元に戻しながら、
「ほら、行くぞ」と促した。
「え‥どこに?」
「約束は守られる為にある。よく覚えておけ!」
 と名言を吐くと、俺の肩を抱き込み有無を言わせず連れ出そうとした。
「って‥ちょっと待てよ!」
「なんだ」
 と抵抗する俺に藤堂は怪訝な顔をする。
「笹倉‥大丈夫なのか?」
 俺は部屋の隅で微動だもしない奴の事が気になった。
「おい! ボーイ! ママを呼んできて後の始末を頼んでくれ。紫はこのまま私が連れていくからと‥あと自分のやった事も逐一報告するんだぞ」
 藤堂のこの言葉にボーイは縮み上がりながら慌てて店内へ飛んでいった。
「‥‥」
 最後のフレーズが気になって思わず藤堂に目をやる。
「なんだ?」
「自分のやった事って?」
「ああ、お前に悪さしようとあのボーイに金を握らせ、例のあの部屋に引き入れた」
「‥例のあの部屋って?」
「なんだ、知らないのか‥」
 相変わらずの不遜な態度に聞くんじゃなかったと後悔しながら、
「だからなんなんだよ!」
 と問い質した。
「まぁ〜 手じかにプレイ出来る部屋だ」
「‥‥手近にプレイって‥ええっ!」
 そう言えば暗がりでよく見えなかったが‥奥にベッドがあったような‥って、思わず想像して赤面する。
 藤堂は歩きながらそんな俺の反応を訝る。
「なに?」
 痛いほどの視線を感じ抗議すると、
「いや‥やけに初々しい反応だなと‥昨夜も思ったことだが、もしかしてお前‥初めてなのか?」
「‥!」
 どういうリアクションで返すべきか頭の思考回路がグルングルンとまるで音でもするように回った。
「ほぉ〜」
 俺の反応になにか確信を得たのか奴は嘲笑した。
「んなわけねぇだろっ! こう見えて経験豊富なんだ」
 これ以上馬鹿にされてたまるかと思わず出任せを口にした。
「そりゃー、楽しみだ」と奴は揶揄う。
「なんだよ。嘘じゃないからな!」と言い訳すればするほど余計に露見させているみたいに俺はドツボにはまっていった。
 だが俺がムキになっている間にいつの間にか店の外へと連れ出され、
「ほら、乗って!」
 と、昨夜と同じ車の助手席のドアが開けられた。
「あ、はい」
 俺は何の疑いもなく言われるままに乗車した。

 あれ? なんでこんな事になってんだ?!
 
 ここで初めて自分のおかれている立場を把握した。
 回避した筈の藤堂との約束が今現実のものとなっている事に‥。
 今更だが、自分の馬鹿さ加減に呆れるやら情けないやら、茫然としたままの俺を乗せて車は静かに動き出した。


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