気が付くと‥俺は大きなクイーンサイズのベッドの中でうつ伏せになっていた。
ここは?‥
まだ覚醒しきれていない意識の中で身を捩ったとき、下肢からの激痛で一気に昨夜の出来事が甦った。
嘘だろ‥俺、男とした‥んだよな
そして咄嗟に藤堂が辺りにいないか見回したが部屋の中は閑散としていた。どうやら奴の姿どころか誰もいないようだ。
もう出勤したのか? とベッドに備えてある時計に目をやる。
朝の六時‥そして日付の横の赤い『日』の曜日の表示が目に留まる。
そっか‥今日は日曜日か。
休みだと分かるとなぜかホッとした。 そんな事よりとりあえず、奴の居所を把握してここを抜け出す算段をしないといけないと思った。 間仕切りの向こうにゴージャスな応接セットが見える。 応接セットの向こうに見える備え付けの机の上にメモらしきものが見える。 辺りの様子を窺いながらベッドから出ようとして全裸なのに気付き慌ててシーツを体に巻きつけるとメモを確認しに行く。
『おはよう 紫。 今日は日曜だが、あいにく仕事だ。 朝食はルームサービスを利用するように 君のドレスはクリーニングに出した。代わりのものを用意するよう秘書に頼んである 起きたら下記の電話番号に必ず連絡するように』
下の方に見知らぬ携帯番号が書いてあった。
なんだ‥いないんだ。
本当に不在なのが分かり一気に緊張が緩んで脱力した。 日曜まで仕事とは会長がいってたように仕事中毒だな。 それより帰りたくても洋服がないんじゃあ‥どうしよう。 「ああっ! ママに電話しなくちゃ!」 と急に思い出し、
いや待てっ! この状況をどう説明すんだよっ!? 言えねぇ〜 こんな時‥そうだ!
俺はバッグから携帯を取り出すとアドレスを開き、お目当ての番号呼び出すと発信する。 三度のコールで相手が出た。 「はい‥静です」 「あっ! 静さん?」 「ええっ! 翔ちゃん! 今どこ?」 「うん‥ちょっとマズってさ」 「不味ったってなに?! 怪我とかない?! 大丈夫なの?!」 「うん! そっちの心配はないよ‥ちょっとママには内緒で静さんだけに頼みたいことあんだけど」 「ママには内緒って‥ママすっごく心配してたのよ! 家にも携帯にもでないから!」 「藤堂さんにも連絡したらしいんだけど‥」
へぇーそうなんだ。あいつママになんて言ったんだろう?
気にはなったが、今はそれどころではない。すぐ静さんに用件を伝える。 「取り合えず、俺の着替え持ってきて欲しいんだけど‥いいかな」 「着替え?‥わかったわ‥どこ?」 それ以上の事は深く詮索せず、静さんはホテル名と部屋のナンバーを確認すると電話を切った。
シーツを纏ったまま静さんが来るのをひたすら待つ。 勿論、ホテルのルームサービスなどこんな格好では頼める筈もない。 やがて小一時間するとドアのノックの音がする。 慌ててドアに近寄ると、 「誰?」 「私よ‥静よ‥翔ちゃん開けて‥」 俺は内側から開錠してドアを細めに開ける。 顔を覗かせて静さんか確かめた。 静さんは驚いた事に、普通に男装?していた。 普段我が家に遊びに来るときでさえ似合う似合わないは別として女装である。 もしかして初めて見るかもしれない男装‥俺は思わず目を剥いて見入ってしまった。 だってがっちりした肩幅でスーツ姿がめちゃイケてるんだ。 リーマンには見えないロングヘアーは後ろにくくって清潔感がある。 なんかセンス溢れる芸術肌の自由業って感じだ。 静さんは、凝視する俺の目線を避ける様に、 「翔ちゃん‥あんまり見ないで!」 と外見とは真逆のお姉言葉で間違いなく静さんだと認識させた。 俺はすぐにドアを開けて静さんを中へ招き入れる。 今度はシーツを纏っている俺の姿に静さんが驚愕している。 「しょ、翔ちゃん‥その格好っ!」 ガッチリ!シーツでガードしていても首すじのキスマークはさすがに隠しおおせるものではない。 目ざとく見つけた静さんは大方の予想がついたのか、 「相手は?‥藤堂‥さん?」 口にするのも憚られるといった感じで問い質す。 俺は隠し切れるものでもないと観念して頷く。 静さんは思わず俺の両肩を掴むと畳み掛けるように言い募った。。 「なんで? なんでこんな事になっちゃったの!」 俺はどう切り出したものかと躊躇していると、 「まっ! まさかレイプ! 無理矢理とかじゃ‥」 それには慌てて否定した。 それまがいではあったが、俺も充分感じていたんだから合意の上の和姦? 藤堂にすれば、パトロンの契約上の事だろう。 前日の流れからして仮契約も済んたって事だし、さすがに藤堂一人を悪者にはできない。 俺は未成年だから都の条例とか考えたらヤバイんだろうけど、でも騙まし討ちのような真似だけは絶対嫌だ。
あれこれ苦しい言い訳してもしゃあねぇよな‥。
俺は覚悟を決め、ここは何事もないままここだけの話で治めたいと静さんに一昨日の出来事から正直に話す。 「そう‥何も知らなくて‥翔ちゃん‥ごめんね」 「静さんが誤る事じゃないよ。だいたい身から出た錆だし‥」 「でも‥」 「それに俺‥はなからいない存在じゃん!」 「それでいいの」 「え‥なにが?」 静さんが何が言いたいのか大体の見当はついていた。仮にも合意の上でエッチした相手だ。ある種の感情が芽生えたのではないかと‥。 だけど俺はただ現実から逃避したくて答えを誤魔化した。 「いや‥だから‥藤堂さんの事‥」 なおも食い下がる静さんの言葉を思わず遮る。 「静さん! 藤堂さんね! 兄貴が目当てだったんだよ! ママから聞いてない?」 静さんは初耳だったらしく‥絶句する。 「え‥じゃ、なんで! なんで翔ちゃんとこんなことにっ! 」 「‥やっぱ許せないっ!」 怒り心頭の静さんに、 「俺も挑発しちゃったから‥魔が差したんだよ‥多分」 心にもない言葉で宥めようとする。 「なんでかばうのよっ!」 俺は力なく項垂れる。 「いっつも! いっつも傷つくのはこっちだけなのよっ!」 静さんは遣る瀬無い怒りを穿き捨てるように口にする。 だが、すぐ我に返り項垂れている俺に気付いて、 「翔ちゃん‥ごめん‥私がとやかく言う事じゃなかったわ」 「ううん、静さん‥ありがとう‥心配してくれて‥おまけにこんな事にまで片棒担がせちゃって」 「こっちこそ‥頼ってくれて嬉かったわ‥翔ちゃんは私の大親友の弟の前に私にとっても大事な弟なんだからね」 涙もろい静さんはもう目尻を滲ませている。 「でも‥静さんなんでその格好なのか聞いていい?」 突拍子もない話だが、どうあっても気になってしょうがないのだ。 「ああ‥これね‥唯一もってる一張羅なんだけどさ‥こんな高級ホテルにオカマ姿でウロチョロして万が一にも翔ちゃんの部屋まで辿り着けなくなったら大変って! 思ったからよ」 「へえー 俺はそんな違和感なかったけど‥まあ〜藤堂さんもいっしょだったってのもあるんだろうけど‥」 「翔ちゃんはいいのよ! どうしたって綺麗な女性にしか見えないもの‥私はね‥どんなにお化粧してもこの髭面は変わんないし! ガタイの良さでなに着ても正真正銘 お・か・ま にしか見えないもの」
まあ‥確かに‥それは言えてる。自分知ってんじゃん!
俺はとってつけた様な慰めの言葉を敢えて口にするのは止めた。 取り合えず、着替えをしないとと立ち上がろうとして、 「いっ てぇぇぇ!」 思わず下肢に手をやる。 「翔ちゃん‥大丈夫ぅ?! 動けるぅ?!」 痛みの原因は分かっている。それは静さんもご同様で、まっ!経験者なんだろうから‥。
静さんっ! その意味深な視線やめようぜっ! 勝手に想像しないっ!
静さんはにやけた顔で俺に手を貸そうとするがきっぱり断り、洗面所で昨夜落し損ねた化粧を備え付けのクレンジングで洗い流した。 そして静さんが用意した服に着替え、 「静さん‥帰る時さぁ〜ここの部屋のキーとか無いみたいなんだけど‥フロントに声かけなくていいのかな」 こんな高級ホテルなんて利用した事がないので勝手が分からない。 「そうね‥カードキーなら携帯で藤堂さんが持ち歩いてるかも‥ちょっと待ってて」 静さんは机上の電話の受話器を上げると内線でフロントにかける。 「藤堂の連れの者ですが‥もう帰りますが何か伝言ありますか? えっ? あっそう‥いえ急用を思い出したので‥いえ無いわ‥あっ!タクシーは結構、迎えがありますから‥分かったわ‥ええ‥それはどうもありがとう」 一連の確認を終えると電話を切った。 「翔ちゃん フロントには話通したから‥駐車場に車停めてあるの、マンションまで送るわ」 「静さん! 車で来たの?」 「日曜の都心の道路は空いてるのよ ぶっ飛ばしてきたわ」
こういう行動力は全くもって男前だよ‥静さんっ!
俺と静さんの男二人が連立ってロビーの前を通らず、地下駐車場直結の裏から出る。 誰にも逢う事もなく車に乗り込むとホテルを後にした。
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