春爛漫、桜前線真っ盛り。 自宅への帰り道の公園にはその満開の花弁がハラハラと散って、早春も終わりを告げる。 穏やかな空気とは裏腹に新たな旅立ちに心躍らされる。 厳しい受験地獄も掻い潜り、志望大学に晴れて現役合格。 武藤 光 18歳
彼に逢ったのは入学式も終え、キャンパス内を先輩に案内されている時だった。 綺麗な男だった。 男性でその表現は訝られるだろうが、その形容詞しか当てはまらない。 聞けば奴は俺とタメでおまけに同じ学部だというから驚いた。 これからのキャンパスライフが実に楽しみだ。 だが奴を知っているのは俺だけではなかった。 あれだけの容姿なのだから当たり前の話だが、男女を問わず人目を惹くのは仕方ないことなのだろう。 芸能界やモデルクラブの勧誘も多かった事だろうと思っていたら日常茶飯事だと言われた。 そんな男の友人として常に傍らにいられる事が俺には誇らしくもあり、今だに信じられない事だった。 俺が注目を浴びている訳では勿論ないが、それでもその恩恵は充分あった。 まず合コンにはもれなく声がかかる。 奴は高校の時からその手の誘いはあったようで、断るのも慣れたものだ。 だが散々断る中どうしても無碍にできないものもあるようで、そういう時は俺にも声をかけてくる。 俺はそのおこぼれに預かるわけだが、奴が参加する合コンは本当にグレードが高い。 こんな綺麗な子や可愛い子が揃っているから、この合コンを断らないのかと思う程だ。 だが理由は違っていた。どうやら高校時代の親友からの要請らしい。 次から次へと告ってくる女性に目もくれない癖に俺と年中吊るんでるんで、とうとう周りからゲイの噂が流れた事もあった。 勿論、そんな馬鹿げた話誰も本気にはしなかったが、本当にそっち系の奴らはその話を聞いて浮き足立ったとか‥。 俺にとってそんな話題性のある男は役得ばかりではなく弊害もあった。 どんなに美人や可愛い子でも奴を前にすると霞んでしまうんだ。 ただし、黙っていればだ! 奴の口の悪さは容姿と反比例していた。 あの顔で悪態つかれた日には思わず両耳を塞いで、怒りを顕に高揚した美しい容姿だけ眺めていたいと思う程だ。 まぁ〜正比例したんではその完璧さに神様の理不尽さを恨んだかも知れない‥笑。 あの閉口したくなるような毒舌で言い寄る者どもをバッサリと一刀両断で排除している。 この前誘われた合コンで、例の高校時代の親友に言わせると口の悪さは昔から変わらないとか‥‥。
美人で毒舌で、男気があって‥‥短気で喧嘩っ早い。 でもムキになると、なぜか‥可愛い。 ああ〜 俺もこんな彼女が欲しいかも。 ヤバイすぎっ! 俺もいい加減毒されてるよなぁ〜。
「板倉! 昼、学食でいいか?」 「わりぃー 俺、昼から教授の手伝いあっから」 「ええっ! またかよ!」 一年で異例の抜擢である。 まぁー、確かにトップの成績で入学と頭の出来も違うのだから仕方ないかと諦める。 それに教授自身も助手として連れ歩くのに彼の容姿は満更でもないようだ。 あと奴を俺以上に独占してる男がいる。 ほぼ同時期に知り合った、これまた同じ学部で同学年の菅野祐二だ。 あのちんちくりんが‥‥。 ハッキリ言って板倉から紹介された時、同期とは思えなかった。 まだ高校生か、どうにかすると中学生?っていうくらいの童顔の上、背も低い。 なんでも入学式早々変な輩に絡まれているところを板倉に助けられたらしい。 おまけに俺は今だに『板倉』なのに‥‥あいつは『翔』と呼び捨てだ! それだって他の奴らに比べれば板倉と呼び捨てに出来るのは俺だけなのに、更にその上を行きやがって! だからすぐにその事を抗議したら、 「なんだ、お前も呼びたかったら呼べばいいじゃん。なら俺は『あきら』でいいな!」 板倉にいとも簡単に承諾され思いっきり脱力した。 奴の友達の定義はどうなんだ‥‥と、この時初めて疑問が沸いた。 こんなに魅力的な男なのに何故か友達が少ないのだ。だがその理由は程なくして分った。 それまで引っ切り無しに呼び出されていた教授の手伝いがピタリと無くなった事から始まる。 遊びに誘っても以前なら教授の手伝いで断られていたのに最近それが無くなったのだ。 「教授の手伝いいいのか?」と尋ねると、 「ああ‥」と翔は生返事でその話題に触れて欲しくない様だった。 だが程なくして構内中に翔と教授の噂が流れ、その理由を知ることとになった。 『田所教授が生徒に乱暴しようとして逆に怪我させられたんだって』 すぐにその生徒が板倉だと分かった。 やがて学部長等の諮問委員会に板倉も呼び出されたが、『事実無根』ときっぱり否定したらしい。 元々男気のある奴だから、きっと教授の名誉を傷つけたくなかったんだろうと思った。 所詮、俺の憶測に過ぎないが‥‥。 この話と友人が少ないとの関連性だが、男に襲われたと聞けばどうしてもそういう対象として色目がちに見てしまう訳で‥。 そうなるとノンケであるにも関わらず何故かとムラムラと欲情が沸いてきて、今にも押し倒してしまいそうになる。
で、我慢できずに、つい出来心でやってしまったのだ。 昼休みのポカポカ陽気の中、寝息を立てている奴の寝顔の綺麗な造作に思わず息を飲み、半開きになった唇に誘われるまま重ねた。 奴はすぐに目を開け、俺はそれに驚いて慌てて身を離すと、 「なんだ、お前もか‥‥。友達止めたいのか?」 二の句の告げない衝撃的な言葉を口にされ、俺はいうまでもなくショックのあまり茫然自失になった。 だがすぐに我に帰ると平身低頭謝った。 「まぁ〜いいっか。あきら、二度とすんじゃねぇぞ」と、どうにか許してもらえた。
俺は実に小心者だ。 多分今までの奴はここで邪な気持ちを抑えきれず、友人としての地位を捨てたのだ。 そして翔が菅野祐二を俺以上に信頼して大事にしている理由も分った。 間違っても俺のような邪な気持ちにはならないからだ。 男女ともにモテる翔とは違って、可愛い部類の祐二はやたら男にモテる。 そしてそれは恐らく共通の悩みでもあるのだろう。
それから四年間、俺は友達という立場を死守するために奴に対する欲情をセーブするという苦行を余儀なくされたのだ。 それも知らなければ妄想だけで済んでいたものを‥‥。 たった一度の口づけが忘れられず、つい奴の唇を目で追ってしまうという浅はかな行為を繰り返している。 そしてその歳月は奴の印象をクールビューティーとして定着させた。
そして卒業を間近に控えたある日、 このキャンパスを離れ、社会に出ればもうあの毎日の眼福もあずかれなくなる。 俺は意を決して奴にお願いした。 「友達じゃなくなるのも覚悟の上だ。一度だけでいい! キスさせてくれ」 と頭を下げ懇願した。 すると意外な答えが返ってきた。 「そんな必死こくなよ! おまけにダチ止めるとかいうなっ! キスくらいしてやるっ!」 そういうと行き成り驚いて顔を上げた俺の唇にブチューと重ねてきた。 色気もなにもあったもんじゃないと思わず苦笑したくなったが、その極上な口づけは今までにない興奮で体中の血が逆上 したように心臓を跳ね上げた。 おまけに軽く考えていた俺は、淫猥なディープな口づけに恥ずかしくも腰を抜かした。 やっと唇を解放し、すっかり呆けた俺を高らかに笑って奴は軽やかなその場を去って行った。 厭らしさを微塵も感じさせず、甘く柔かい感触だけが仄かに唇に残った。
やっぱりこの男は、 美人で毒舌で、男気があって‥なぜかムキになると ‥‥‥可愛い。
この先もずっと友達でいてくれると言った言葉に安堵し、なぜか目尻に雫が零れた。 想っても手に入らない淡く切ない寂寥感からか‥‥。 春爛漫、満開の桜の季節がまたやってくる。
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